Working girl

□不運ストッパー
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朝、鈴は目覚めてまず、顔を洗いに井戸へと行く。鈴に与えられた部屋は学園の中心部から少しばかり離れていて人はめったに寄りつかない。中には囲炉裏や炊事場まであり何だか一軒家を丸々貰い受けたみたいで忍びない。まぁ、でも貰えるものは貰っておこう精神で今日もお仕事頑張るぞ。と鈴は無理矢理まとめた。


その前に朝食を取らねば。昨日土井先生に言われたばかりだし。と、思ったがそういえば食材がまったくない。つまり朝食が作れない。となると食堂に行かなければいけないのか。別に嫌なわけではない。むしろ嬉しい。ただ、これだけ良くしてもらっているのに食事までお世話になるのは気が引けると鈴は思うのだ。

食堂に行けば少し食材を分けてくれるだろうか。図々しいが今はそれしか方法が見つからない。身支度を整えた後、申し訳ない気持ちを持ちつつ鈴は食堂へと向かった。




食堂へ着き中を覗くように入ると、人っ子一人いなかった。あれ、おかしいな。ここの食堂は生徒はおろか先生方も使う忍術学園の憩いの場だと聞いていたのだが…。鈴はそう疑問に思ったが、真相はなんてことはない。鈴が来るのが早すぎなのだ。まだみんなは寝ていたり夜通しの鍛練だったりしているころだろう。働き者の鈴にしてみれば早起きはもう当たり前となっていて、感覚が麻痺していた。

人が居ないことに不思議に思いながらも厨房から香る味噌汁の良い匂いに鈴はカウンターへと引き寄せられた。とても美味しそうな匂い…。だがしかし自分は食材を頂けるか聞きにきたのだ。カウンターから見えた食堂のおばちゃんに声をかける。

「あの、すみません」

鈴の寝起きとは思えないよく通る声におばちゃんは振り向く。視界に鈴をとらえると顔を緩ませカウンターのほうへ歩いていく。

「貴女が新しい掃除のお姉さん?」

「はい。音無鈴と申します」

「こんな可愛らしい子だとは思わなかったわ」

「ありがとうございます」

おばちゃんの誉め言葉にも無表情で答える鈴は早速ここへきた目的を話す。するとおばちゃんは優しく笑いここで食べていけば良いと素早く慣れた手つきで鈴のための朝食を用意し始めた。

「そこまでお世話になるのは悪いので結構です」

「まぁまぁそう言わずに」

ニコニコと出された美味しそうな朝食に鈴は目を奪われた。自分の炊事じゃこんなに美味しそうなものは絶対出来ないと断言できる。ここまで用意してもらってなお拒むのは、いくら鈴でも出来なかった。ガシリとお盆を掴み、引き寄せる。

「有り難く頂きます」

「お残しは許しまへんで!」

残すだなんてとんでもない。鈴は静閑とした食堂の奥の端の席へ座り静かに食事を始めた。美味しすぎて、びっくりした。箸が止まらないとはまさにこのことだ。鈴が魚を綺麗にほぐしているとき、食堂に人が一人入ってきた。

「おばちゃんおはようございます」

「あら善法寺くん」


ガタタッ


入ってきた人の名を聞きすぐさま鈴が立ち上がった。何てったって彼は恩人なのだから。鈴を見てポカンとしている伊作を見て、鈴は無意識に反応してしまったことを少し後悔してまた座り直した。

「音無さん!」

鈴の存在を確認すると伊作は出来ていた食事を慌てて持って鈴に近づく…

「うわぁっ」

が、誤って床を滑った。もはや不運というか、ただのドジッ子だ。鈴は転びそうになった伊作の元へ走り瞬時に抱き寄せ、伊作の持っていたあと少しで床に落ちそうになった食事を空いた片手で器用に受け止めた。そんな神業をサラリとやってのけた鈴は自分に支えられた伊作を見る。

「大丈夫ですか」

「う、うん」

「以後、お気をつけください」

「音無さん…!(きゅん)」

伊作からなにやら可笑しな効果音が聞こえた気がするが聞かなかったことにして、鈴は席へと戻る。伊作は伊作で鈴の正面へと座った。

「ありがとう音無さん。また僕は君に助けられてしまったね」

「いえ気にしないでください」

「ううん。僕の不運をとめられたのは音無さんが初めてだよ」

自分で自分を不運と呼ぶとは相当だな…と鈴は食事する手を休めずに思った。伊作は情けなさと嬉しさが半分半分な気持ちでいたが、鈴は正直どうでも良かった。鈴は自分の仕事がうまくいけばその他のことはどうなろうが別にいいという性格をしていた。伊作は自分の恩人なので気を配っているだけだ。伊作はそんな鈴の本性も知らずに朝食を食べ始める。

「この学園には慣れたかい?…って言ってもまだ二日目だけど」

笑いながら聞いてくる伊作を鈴は少し新鮮に感じた。こうして同じ年くらいの人と食事をしつつ会話をする機会が今までなかったからだ。

「そうですね。仕事内容はなんとか大丈夫ですが学園内を完璧に覚えるのはまだ先になりそうです」

「あぁ。僕も入学したての頃はよく迷ったなぁ…。怪我はしてない?」

「はい。体も良好です」

「それは良かった。怪我をしたらちゃんと医務室に来るんだよ?僕たち保健委員が責任を持って治療するから!」

先ほどの転んだ様子が嘘のように今は伊作が頼もしく見えた。鈴は分かりましたとだけ言って残り少ない味噌汁を啜った。伊作は鈴の返事を聞くとニコッと笑って食事を再開させる。そういえば彼は何故一人でここへ来たのだろうか…。まさか友達がいないのか。

「善法寺くんはお友達がいらっしゃらないのですか」

「ブフォッ!!!」

鈴の突然の酷い質問に伊作は思わず飲んでた味噌汁を吹いた。

「ゲホゲホッ…い、居るよちゃんと!!何でそんな質問を!?」

「お一人で食堂に来たのが気になりまして」

「それはたまたま…いつも友達と一緒ってわけではないし…あれ、そういえば今音無さん僕のこと善法寺『くん』って言った?」

伊作の指摘に、最後の魚を食べていた鈴は箸を置いた。

「学園関係者となった以上、生徒を『さん』で呼ぶのは如何(いかが)なものかと思いまして。嫌でしたなら改めます」

「いや全然!むしろ嬉しいよ」

『善法寺さん』から『善法寺くん』へ変わっただけでこんなに喜ぶだなんて変わっている…。そう思いながら鈴は食後のお茶を飲みきりごちそうさまと呟く。まだ食事中の伊作にお先に失礼しますと礼をし席を立った。そんな鈴のあっさりすぎる挨拶に伊作は苦笑するしかなかった。




「伊作、今日はやけに早いな」

「あ、留さん、文次郎、仙蔵」

鈴が食堂を出ていった後に入れ替わるようにして同学年の彼らが入ってきた。いないろ組はまだ鍛練でもしてるんだろう。

「惜しいなーもう少し早く来てれば音無さんに紹介出来たのに」

「音無…?誰だそれは」

「なんだ文次郎知らんのか。新しい掃除のお姉さんだ」

聞いた文次郎にすかさず仙蔵が答えた。

「あーそういや先生がそんなことを仰っていたな」

留三郎が席につきながら思い出したように言った。

「伊作はその人と仲良いのか?」

「仲良いってほどまだ関わり合ってないけど…なんかあの人凄いよ」

そう神妙に言う伊作に仙蔵がそうだな。と頷いた。そんな二人の様子に留三郎と文次郎は首を傾げる。

「だって蛸壺に落ちそうになったり床で滑って転びそうになった僕をすんでで助けてくれた」

「「それは凄い」」

不運体質の伊作の不運をとめたなんて…考えられない。素直に凄いと思った。




「へっくしょい!」

「ほぇ?音無さん風邪ですか?」

「いや、別に。誰かが私の噂をしているんでしょうかね」

竹箒で小松田とともに学園長の庵の前を掃除していた鈴は適当にそう返したがあながち間違いでもなかった。




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