Working girl

□今日から掃除のお姉さん
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人生とは何が起きるか分からない。ありふれた台詞だが、まさに自分の人生はその一言に尽きると鈴は配布された真っ白のエプロン片手に思っていた。もう片方の手には銀のバケツと一枚の雑巾。そして足元にはモップが一つ。これが忍術学園の掃除のお姉さんの標準装備だそうだ。先日病み上がりの体を休ませたあと養護教諭の新野先生の許可を取り学園を回っていた際についでに挨拶をした事務の吉野先生に頂いたものだ。

小松田さんとは格好が違うのですね。と鈴が言ったら吉野先生は貴方は掃除のお姉さんですから。と当たり前のように返した。その言葉に妙に納得した鈴は自前の着物の上に白いエプロンを着けてモップと雑巾が入ったバケツを持ち初出勤へと意気込んだのであった。




ここで鈴に一つの疑問が浮かんだ。掃除のお姉さんとは具体的にどう仕事をすればいいのか…。ただ掃除をすればいいと言われればそれまでだが、詳しい話はまったく聞いていなかったのだ。

与えられた離れの部屋を出て、どこに行ったら良いかも分からずすぐに立ち止まってしまった。

「どうしよう…」

「その説明は私がします!」

ベリッと空間をめくり現れたのは黒い忍装束を着た男の人であった。いきなりの人間の登場に鈴は大変驚きつつも表情は崩さずにいた。男はそのままこちら側へとひょいと体を浮かせてやってくる。

「えっと…とりあえずこのめくれた部分は貼っておきますね」

「ああ!すみませんありがとうございます!」

ペタペタと即座に貼り直すと男は申し訳なさそうに笑って頭を掻いていた。何だか優しそうな人だ…どことなく人当たりの良さが、今のところ自分の中で神となりつつある善法寺さんに似ていると鈴は思った。事が終わって二人は向き直る。

「初めまして音無鈴さん。私はこの学園の一年は組の教科担任をしている土井半助といいます。貴方の仕事指導を任せられました」

「先生でしたか。ご丁寧にどうも。これからよろしくお願いいたします」

そう言うと鈴はペコリとお辞儀をする。社会ではまず挨拶がきちんとなっていなければ何も始まらない。鈴の持論である。斜め四十五度をキープして一秒溜めてから顔を上げた。すると上げた先に見えた土井先生の顔は少しの驚きと感心と動揺が入り混じったような複雑な顔をしていた。はて、自分は何かしただろうか。

「あの、何か?」

「あ!いえ、音無さんは年の割りにしっかりしているなーと…」

「そうでしょうか。年相応だと思いますが。土井先生はお若いですね」

「いやそんな…私なんてもう二十五ですよ」

「にじゅっ…」

何だろう…思ったより…。いやいや、まったくそうは見えない。鈴が声を上げたのはこれが初めてかもしれない。土井先生恐るべし。




その後、土井先生は鈴に丁寧に仕事内容を教えていった。敷地面積があり得ないほど広い学園の掃除の仕事は、内容も膨大であったが真面目に頷きながら時には質問も挟みつつ聞く鈴はすぐに理解したようだった。

「凄いですね音無さん!これだけの仕事量を一度に覚えるなんて、私の生徒も音無さんを見習ってほしいですよ」

「私仕事に関することだと自分でも引くほどの集中力が発揮されるんです」

普段はこの三分の一程度しか集中していませんよ。鈴がそう言うと土井先生は、あははっと爽やかに笑った。

「では、何かあったらいつでも呼んでください。そこら辺に居る生徒に聞いても構いませんよ。忍術学園の生徒はみんな良い子ですから!」

胸を張ってそう言い切る土井先生から最後に学園の地図を貰うと、土井先生は瞬時にそこから姿を消してしまった。さすがは忍者の先生である。

とりあえず今日の仕事は長屋や教室付近の掃除とあまり使わずにいる倉庫の掃除と整理などなど…仕事の予定がびっしりで鈴は顔が無意識ににやついた。仕事をするだけで幸せなのにこれだけ働けば給料のほうも十分期待できるだろう。

鈴はイキイキと緩みぎみだったエプロンの紐を結び直した。




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