Working girl

□ある意味病気だ
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今の僕は機嫌が良かった。だって数日前に助けた女の子に感謝されたんだから。あの子はずっと無表情でやっぱりお礼言うときもあの夜と変わらず真顔だったけれど、嬉しいものは嬉しい。

桶に新しく入れた冷たい水を溢さないように静かに障子を開けた。寝ているだろう彼女を起こしてはいけないからね。

「……あれ?」

部屋にあったのは誰も寝ていない布団だけ。

え、ちょっと待って。何が何だか意味が分からないんだけど。安静にしてって言ったらあの子は分かったって言ったよね?じゃあ何で今ここにいないんだ?視線を外すと閉めたはずの窓が空いていた。嫌な予感しかしない。

呆然としていると布団の上に紙が置かれているのが分かった。桶を置いてその紙を見る。紙には墨で丁寧にこう書かれていた。




仕事せず
生きる価値なし
我が人生








「一句詠んでる…!」

僕は気づけば紙をぐしゃりと握っていた。




***


一方こちら忍術学園の人気のない一画。不運委員長を欺き見事逃げ出した鈴は塀の前で息を整えていた。傷だらけの体で走ってきたためすぐに息が切れてしまったのだ。

だがうかうかしてもいられない。鈴はなんとかしてこの学園を出て就活のために町に行かなければいけないのだ。きっとここにいたらあの男の子が自分を引き戻しにやってくるだろう。

高い塀を見て、思案する。どうやって塀を越えよう。キョロキョロと辺りを見回す。ふと鈴の目に何かが映った。それは長い縄の先に鉄で出来た鉤爪のようなものがくくりつけてある。忍者なんか興味もないし詳しくもない鈴でもこれが何をするための道具かは分かった。同時に自分はとてもラッキーだとも思った。これは高いそれこそ塀や崖などに投げ飛ばして引っかけ、その縄をつたって登るもの。今の鈴にはうってつけの道具だ。

忍者の道具を素人の自分が使いこなせるとは到底思わないけど今はそんなこと言っているバヤイではない。鈴は即座にその道具を拾うとしっかり塀を見据えそれをビュンビュンと回した後に投げた。

予想以上に重かったそれは奇跡的にも塀に引っかかった。凄い。少し事がうまくいきすぎではないかと心配になる。盛者必衰の言葉が鈴の脳内を過(よぎ)ったがブンブンと頭を横にふってその考えをなぎ払う。

ちゃんと引っかかったか縄を引っ張って確認する。

「…大丈夫だ」

自分を信じるように一言呟いて縄を握り塀を登る。登る行為事態苦しいものだったがなんとか塀まで登れた。さぁ、あとは降りるだけ…

「そこの君!!待ちなさーい!!」

どこからともなく聞こえてきた声。しまった気づかれた。一体声はどこからしているのか気になったが今引き留められてはまた安静にしろと言われ今度こそ逃げられなくなってしまう。罪悪感に苛まれつつも早く逃げようと鈴は塀の下を見る。

「君ぃ!!出るときは出門表にサインを!!」

突然目の前にニョキッと男が現れた。男はそのまま軽やかに塀へと腰を降ろす。この人ジャンプでこの高い塀を登ってきた…?この人も忍者なのだろうか。きっとそうだ。胸の事務という字を見て、事務員まで忍者とはさすが忍術学園だ…と、鈴は呑気にも考えていた。

男はしかめっ面で鈴を見ていたがその顔はだんだんと柔らかいものになっていく。

「君は学園前に倒れていた女の子!立花くんが言った通り、もう元気になったんですねぇ!」

「立花…?いや、何故それを?」

「だって気絶していた君を医務室に連れて行ったの僕ですから!あ、僕は事務員の小松田秀作といいます!」

ニコォと人に愛されそうな笑顔でそう自己紹介をする小松田に少し鈴は見とれた。そして先ほど部屋にいた白いお兄さん…ていうか、今考えればお兄さんというより男の子の言っていた言葉を思い出した。

体調が戻ったら小松田さんという方に会って入門表にサインをしてくれ

すべてを理解した鈴は小松田に手を差し出す。

「はい。お陰様でもうすっかり元気になりました。ありがとうございます。入門表と出門表、どちらにもサインをします。サインをしたらもう学園から出てよろしいんですよね」

「はい!いいでs「よくなーーーい!!!」あれぇ?」

快く答えた小松田の言葉は第三者の叫びに遮られてしまった。鈴はその声の主が分かり、しまったと心のなかで舌打ちをする。

「音無さんやっと見つけ……って、何病人なのに塀の上にいるんだああぁぁ!」

声の主は鈴の予想通り伊作だった。何だか先ほどより体に土がついていたりと満身創痍だが大丈夫だろうか。

鈴を見つけるために学園内を走り回った伊作だが、持ち前の不運で落とし穴に落ちたり何故かバレーボールが飛んできて当たったりなど活劇があったのだが…その話は今は省く。

「省かないでよ!大変だったんだからね!」

「善法寺くん誰に話しているんですか〜?」

「それは勿論この作者に…」

「お取り込み中悪いですが小松田さん、サインしました」

「あ、ありがとうございます〜!」

「話聞いて!」

サインが終われば小松田はどこかへ行ってしまった。あの人は本当にサインにしか興味がないんだ…鈴が小松田の後ろ姿を見るが、今はそれどころではない。未だに何か言っている伊作を塀の上から見る。伊作は終始、無意識だが威圧的な雰囲気を醸し出している鈴に見下ろされ少し息を飲んだ。

「善法寺さん許してください。私には仕事しかないのです」

「仕事をするにも体を壊しては元もこもないよ!」

「善法寺さん、私は仕事をしなければ目眩、動悸及び息切れが生じてしまうのです」

「それもう違う病気だよ!カウンセリング受けた方がいい!」

説得をする伊作に反論していると鈴は何だか頭が働かなく、くらくらとしてきてそのまま塀から落ちてしまった。

「うわぁーっ!だから言ったじゃないか!」

落ちた鈴に素早く駆けつける伊作。再び意識が朦朧とするなか鈴はそんな伊作を見た。

「…ご迷惑をおかけして…すみません…でも…できれば受け止めて欲しかったです…」

「ご…ごめん…」




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