Working girl

□セウトな奴
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早足で来たので医務室にはすぐに着いた。無遠慮に障子を開けると、そこに伊作と例の女は居なかった。居るのは保健委員の一年ろ組鶴町伏木蔵だけだ。

「伊作は居ないのか?」

「善法寺先輩なら隣の部屋ですぅ〜…」

冷静に考えて医務室に居ないのは当たり前だ。忍たま全員がこの医務室を使うのに、そこに恐らく重体の女を寝かせてはいられないだろう。忍たまのなかにはよそ者に警戒心が強いやつもいるしな。え?私か?私は特に警戒はしていないな。学園に来る人間一人一人を疑っていてはキリがないだろう。怪しい奴だったらそのときはそのときだ。このくらいの余裕を持ち合わせてなきゃ忍術学園六年生は務まらん。

伏木蔵に礼を言って、すぐに隣の部屋へ行く。隣って左右どっちだ。勘で左の部屋の障子を開けてみた。勘は当たった。部屋には今日初めて見る伊作が居た。奥には知らん女子が布団で寝ている。つまらんな。ここは起きていてほしかった。

「!仙蔵!」

「これが学園前に倒れていた奴か」

「何故それを?」

看病中だった伊作は不思議そうに私に聞いてきた。まだこの情報は出回っていないのか。伏木蔵も知った風ではなかったしな。部屋へ入り伊作の隣へ座る。近くで見た女はそこまで重体とは思えんほどスゥスゥと規則正しく寝息を立てていた。年は私達と同じくらいか。

「小松田さん、入門表、と言えば分かるか?」

「よく分かったよ」

伊作は苦笑しつつ再び女に向き直った。…つまらん。

「この女はいつ起きるんだ?」

「それは分からないよ。でも、重症なのは間違いないから…今日目覚めるかどうか…」

それでは私がここに来た意味があまりなくなってしまうが…重症な患者を無理矢理起こすなんて非道なことはいくら忍たまの私でもしない。女の顔をよく見ようと、体を前のめりにする。


バチッ


「うわぁっ!?」

「ど、どうしたんだい仙蔵!!」

「貴方はどちら様ですか」

「え」

女に顔を近づけた瞬間、女の目がいきなり見開かれ私をとらえた。

なんだ、こいつは。無様にもびっくりして後退してしまったではないか。目覚めてすぐに布団のなかで上半身を起こした女に、私だけではなく伊作も驚いたようで女を見たまま固まっていた。それはそうだろう。今日目覚めるかどうか危ぶまれていた人間が今ちょうど目覚めたのだから。女は真顔で私たちを見ている。

「あ…起きたんだね。良かった!どこも痛くはないかい?」

「はい。大丈夫です。ところで貴方はどちら様ですか」

先ほど私に投げ掛けた質問を今度は伊作に投げ掛けた。この女、なんだか落ち着きすぎではないか。普通の女なら、もし目覚めて見知らぬ所にいたらもっと挙動不審になるだろう。これが性格というならば、随分変わった奴だ。

「……僕は善法寺伊作。君が学園前で倒れていたから保護したんだ」

「学園…あぁ、忍術学園ですか」

どうやら女はここが忍術学園ということを理解していたようだ。まぁ、大方看板を見たのだろう。女はくるりと部屋を見渡して、最後に私を見たが何でもないというふうに目をそらし再び伊作に向き合った。

「一応治療もしたんだけど…」

「そうですかありがとうございましたさようなら」

そう言うやいなや女は布団から出て部屋の窓から外へ行こうとした。


え、いや、ちょっとそこのお前待て!!!


「何逃げようとしているんだ!!!」

「白いお兄さん離してくれませんか」

「しろっ…」

「あああ!仙蔵!相手は病人だから!」

出て行こうとした女を反応が少し遅れながらも腕を掴んで引き留めた。それでも女は感情を表に出さず淡々と私に言ってのける。顔を歪めた私と女の間に伊作が入り込み、なおも出て行こうとする女を再び布団に持っていく。女は諦めたのか素直に戻り布団の上に正座した。

「いい?君は重症患者なんだよ?まだ安静にしとかなければ駄目なんだ。分かったかい?」

「分かります。ですが私には時間がありません」

「時間…何か待ち合わせでも?」

「いえ。就活です」


就活。


「君、家は?」

「ありません」

「働くところは…」

「ついこの間クビになりました。…あ、申し遅れました。私音無鈴(無職)です」

絶句。という言葉がぴったりと当てはまるだろう。今の私たちには。この女の言い分はよく分かった。時間がないというのも、分かった。つまりは自分がこうして安静にしている間にも、働き口の空き枠が他人によって埋められてしまうのを恐れているんだろう。

「治療をしてくださったのはとても感謝します。ですが私のこれからの行動を決める権利は貴方にはないのでは」

まったくないな。だが、伊作はこういうことには強情だからな。ほら、隣で俯きながら何かぶつぶつ言っている。こうなった伊作は面倒だぞ。

「ある!医者の僕にはドクターストップの権利があるよ!」

「お前医者じゃないだろ」

私のツッコミに伊作は「はは…」なんて笑うが、すぐに真剣な顔つきで女へと向き直る。女は伊作の言葉にも眉ひとつ動かさずに聞いている。表情がなさすぎだろう…。

「…どれほど安静にしていれば良いのですか?」

「最低二日はここに居てもらいます」

「伊作、お前がそんなこと勝手に決めていいのか」

「大丈夫。新野先生がすでに学園長に許可を取ったから」

なら問題はない。どうやら女も諦めたようだし。この女は意外に諦めが早い。


さて、話がまとまったところで私は帰るとするか。なかなか面白かった。良い暇潰しになったな。立ち上がって部屋を出ようとする…と、いかん当初の目的を忘れるところだった。

「音無さんと言ったか。体調が戻ったら小松田さんという方に会って入門表にサインをしてくれ」

突然の私の言葉に女はびっくり…することはまったくなく、数秒遅れて「はい」とだけ言って、布団に潜り込んだ。

伊作に挨拶をして部屋を出る。あの女、怪しくはないがよく分からん奴だな。用心するのに越したことはないが…。

「そんな必要なし、か」

そしてそんな暇も私にはない。とりあえず、授業が始まる前に小松田さんに知らせにいかなければ。




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