Working girl

□忍術学園なんてそんな
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朝もやのなか鈴は一人覚束ない足取りで歩いていた。あの忍者のたまご略して忍たまに山賊から助けて貰ってから幾日が過ぎた。

あの日は本当に徹夜で歩き、山はなんと一日で越えられたのだ。けれど、世の中そう甘くはなかった。山の奥にはまた山があり、そのまた奥にはまた山があったのだ。鈴は愕然としたが気合いと根性で歩み続けた。

食料はとうに尽きていて疲労と空腹とその他色々でめまいがしてきたころ、山の頂きらへんになにやら建物が見えた。朝もやに包まれているせいかどことなく神秘的な雰囲気を醸し出したその建物は、長い長いどこまでも続く塀に囲われ中はまったく見えない。まるで意図的に塀の向こうを秘密にしているようだ。

どれほどの金持ちが住んでいるのだろう。バイト募集などしていたら、是非受けてみたい。こんなときにも鈴の頭のなかは仕事のことでいっぱいだった。塀に手をついて少し息を整える。数歩先に立派な木の門が見えた。よたよたと歩いて門に近づくとそこには看板が。霧でよく見えないが、目を細めて達筆に書かれた字を見る。

「にん……がく……」

ドサリ。字を読む前に、鈴の力は尽きその場に倒れた。


ギィィ…

鈴が倒れた後に図ったかのようなタイミングで門の小さい扉が開く。出てきたのは菷を持った忍術学園のサイドワインダーこと小松田秀作であった。彼はいつものように門の前を掃こうと下を向くと、足元には女の子が一人倒れていた。

「えぇ!?君、大丈夫ですかぁ!?」

慌てて声をかけるが一向に目覚める様子はない。少し迷ったが気絶して倒れている女の子を学園前に放って置くことは出来ず、急いで医務室に運んだ。

医務室には幸い、早朝にも関わらず養護教諭の新野先生と保健委員会委員長の善法寺伊作が居た。事務員の小松田が女の子を連れてきたことに二人ともびっくりしていたが、伊作はその女の子の顔を見てさらにびっくりしていた。

「この子は…っ!」

「ふぇ?善法寺くんの知り合い?」

「えぇ…まぁ…知り合いというかなんというか…」

最近会ったばかりです。そう言うわけにもいかず、伊作は曖昧に返事をした。そんなことよりも、今は治療が先決だ。新野先生は隣の客間に移りましょうと言って、その後は滞りなく治療が進んだ。治療中に見えた彼女の体にあるすり傷等に伊作は顔を歪めた。あの日の夜に見たときより確実に増えている。


「倒れた主な理由は過度の疲労と栄養失調によるものでしょう。恐らくこの子はろくに食事も取らずこの山道を歩いてきたはずです。」


新野先生の読みはすべて当たっていた。一通り治療が終わり、今部屋に居るのは看病を任された伊作とだいぶ呼吸が落ち着き顔色も良くなってきたがまだ目を覚まさない鈴だけだった。

小松田は仕事に戻り、新野先生はこのことを学園長に報告に行ったのだ。

気持ちが落ち着くと先程まで蓋をしていた疑問がまたふつふつと伊作を襲った。

この子はこんなになるまで、このめったに人が寄り付かない山に何の用が?一体この子は何者だろう?伊作は腕をくんで、うーん…と、考えてみても埒が明かない。とにかく、今はこの子が起きるのを待とう。そうすれば謎もすべて解けるわけだし。そう伊作は思い、鈴の額に濡らした手拭いを置いた。




***


朝、食堂に行けば六年いつものメンバーが揃って食事をしていた。ふむ、珍しいこともあるのだな。だが、そのなかの一人が足りないことにはすぐに気がついた。伊作がいない。どうしたのだろうか。まだ寝ているなんてこと、あいつに限ってそれはないだろうし。

「留三郎、伊作はどうした?」

「おぅ。仙蔵か。伊作なら新野先生の手伝いで朝から医務室だ」

「…そうか」

何か引っかかる。今までにもそのようなことはあったが、朝食の時間まで顔を出さないなんてなかなかないんじゃないか?まぁ伊作と朝食をいつも共にしているわけではないから何とも言えんが。同室の留三郎が何も言わないなら私の考えすぎかもしれんな。それから私は椅子に座りいつも通り食事を食べ始めたが、やはり胸のつっかえは取れなかった。




今日は六年は授業が午後からで、各々午前中は好きなように過ごしていた。一人は鍛練、一人は読書、また一人は裏山へ行き、そしてまた一人はアヒルさんボートの修理。さすが修理委員会委員長だな。当の私は特にすることがなく何か面白いことはないかと学園内を歩いていた。完全に暇をもて余していたというわけだ。授業の予習は昨日の夜に済ませてしまったからな。

…ん?あれは何かの資料を運んでいる小松田さん…だが、何か浮かない顔をしているな。

「小松田さん」

「うわぁ!?…あ、六年い組の立花くん」

「どうかしましたか?顔色がすぐれないようですが」

「あーうん。さっき学園前に女の子が倒れていてねぇ?医務室に連れていったんだけど…」

なんと。それは、こう言っては不謹慎だが今私が求めていた「面白いこと」ではないか。だから伊作の姿が朝から見えないのか。求めていたものが手に入った上に疑問が一気に解けて私は機嫌を良くした。小松田さんは未だに心配そうに視線を泳がしている。見ず知らずの女によくそこまで親身になれるな。

「その子気絶してたんだけど、目を覚ましたか気になって…でも仕事があるからお見舞いも行けなくて…実はね、あの子気絶してたから入門表にサインしていないんだよぉぉぉ!」

「あぁ、なるほど…では私が代わりに確かめに行きましょうか?」

「えっいいの!?」

いいですとも。その女がどんな奴か気になるしな。表の世界では秘密の存在である忍術学園なんかの前で倒れているなんて、それだけで可笑しいだろう?私の期待に答えてくれる面白い奴だといいんだが。

「では後程知らせに事務室まで行きます」

「立花くんどうもありがとう!よろしくね〜」

小松田さんの言葉を聞いて、私は医務室へと向かった。




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