Working girl

□忍者キター
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苦無。確か忍者が使う武器だ。近くに忍者が居るのだろうか。でも、今はそんなことはどうでもいい。鈴はその苦無を掴むと勢いよく縄を切った。途端に自由になる片足。幸い山賊も来てないことだし早くこの森を抜けよう。

前を見据えながら鈴が立つ。けれど再び襲いかかった痛みにすぐ倒れてしまった。よく見ると足に木の枝が刺さってしまっている。ただでさえ精神的にも、肉体的にもボロボロなのに、勘弁してくれ。これじゃあ走れないじゃないか。試しに足に力を入れてみる。やはり痛い。鈴はその場に座り込み枝を引き抜いた。血が出てこなかったのが唯一の救いだ。自分の体を見ると、本当にボロボロだった。こんなにボロボロなのは久しぶりだ。

鈴はとても惨めな気持ちになった。何故自分がこんなめに合わなければいけないのか。先程考えないと誓った思考がまた頭のなかに現れた。しかも先程よりずっと強く。

ぎりと手に力を入れる。手には苦無があった。これはどんな忍者のものなのだろう。武器を落とすなんてかなり間抜けな忍者だな。鈴は現実逃避に近い感じになっていた。これは非常にまずい流れだが、それを鈴は自覚していない。山賊のこともすっかり忘れていた。

じっと苦無を見つめる鈴。なんだか疲れてしまった。野宿が初めての体験ではないと述べたとおり、鈴はあまり一般的に言う「ありきたりな人生」を送ってこなかった。鈴自身まだ若いが、自分の今までの人生は、生きることに必死で、本当に、疲れたのだ。




気づけば鈴は苦無を己の喉元にあてがっていた。




「おやすみなさい」


ポツリと呟いた瞬間、目の前に何かが落ちてきて、鈴の手から苦無を奪い取った。

鈴は何が起こったのか全く分からないほどの速い動作に呆然とするしかなかった。

よく見ると、苦無を奪ったのは、若い男だった。少年と言ってもいいほどに若い。鈴と同い年くらいか。

少年と鈴は暫し見つめあった。この人はどこから降ってきたのだろう?そんな疑問が鈴にわいてきた頃、少年はキッと鈴を睨み付けた。

「何してんの!?」

いきなりの非難に近い質問に鈴は表情は崩さずにびっくりした。どうやら先程の行いを見られたようだ。

「死のうと」

真顔できっぱりと質問に答えると少年は信じられないとでも言いたげな顔をする。

「僕の大切な苦無で自害とかやめてよね!!」

大切なら、落とすなよ。というか、武器は人を殺すためのものだろう。

「貴方は忍者ですか」

「正確に言うと忍者のたまご…って、今はそんなのどうでもいい!話をそらすなよ君はもう!」


なんなんだこの言われよう。そもそも忍者のたまご……面倒だから略して忍たまなら、人の生き死になどには普通淡白なのではないのか。この忍たまは、死に関してとても敏感な気がする。鈴が反応をせずにいると少年は痺れを切らしたように言った。

「何があって自害するのか知らないけど、自分の命を自分で殺すのがどれだけ愚かな行為か君は分かってるの?」

今度は諭すように少年は鈴を真っ正面から見る。正論だ。鈴はその言葉に反論することなく素直にそう思った。今までだって、生きることに諦めず、なんとかやってきたんだからこれからだってきっとなんとかなる。頑張ろう、と。

「そうですね。私がどうかしてました。止めてくださってありがとうございます。」

あっさりと引いた鈴に少年は肩すかしを食らったが、ひとまずこれで良かったのだと苦無を懐にしまった。

「僕もいきなり声を上げてしまって、ごめんね」

「いえ、気にしないでください」

二人とも立ち上がり頭を下げる。鈴は先程より体の痛みが和らいでいることに内心ホッとしていた。暗くてよく見えなかったが少年は深緑の装束を着ていた。鈴を見て、体の傷にひどくびっくりして治療すると言い出したが、鈴は頑なに大丈夫ですと言いはった。もうこの少年に迷惑はかけたくないのだ。それでも少年は納得いってなかったが。

「君は何故ここに?」

「…忘れていましたが、私は今山賊に追われていました」

「えっ!?あの、その山賊は今どこに…」

鈴がやけに山賊に反応する少年を不思議に思っていると、噂をすればなんとやら、山賊が向こうから走ってきた。

「はぁ、はぁ、…嬢ちゃんやっと見つけたぜぇ…」

「随分とお疲れのようですね」

「お前がチョロチョロと逃げるからだろぉ!!」

「ちょ、君何山賊と仲良く話してんの!?ここは僕に任せて速く逃げて!!」

「なんだぁお前忍者か!?」

そうだった。速く逃げないと。けれど少年一人ここを任せていいのか。一緒に逃げたほうがいいのではないか。苦無を山賊に構えた少年は鈴の言わんとしたことを察したのか、人の良さそうな笑みを鈴に向けた。

「安心して。この森には僕の仲間がいるから」

「…そうですか。色々と本当、ありがとうございました」

「君、お礼言うときも真顔なんだね」

最後にふふっと笑いながらそう言った少年を尻目に鈴は体に鞭を打って駆け出した。




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