Working girl
□人生いつでも急展開
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「あ、すみません私耳が遠くなったみたいで。もう一度仰ってくれますか」
「鈴ちゃん…貴女クビね」
「え?」
「クビ」
ピーヒョロロロ…
トンビの良い声が聞こえた。茶屋の前で少なすぎる荷物と今まで分のお給料を持ちながら鈴は呆けていた。
今日を持って、鈴はこの茶屋をクビとなったのだ。一気に職と住まいがなくなってしまった。
「本当はね、鈴ちゃんみたいな良い子をやめさせたくはないのよ…でもね…分かるでしょ?」
店主は終始申し訳なさそうな顔をしていた。そりゃそうだろう。鈴は働き始めてからずっとこの店に貢献してきたのだから。
鈴だってクビになんてされては困る。死ぬほど困る。だが鈴は文句は言わずに「今までありがとうございました」とお礼だけ言って店を後にした。自分をクビにした理由が、納得できるからだ。
立ち止まり、振り返って茶屋を見る。早く未練は捨てて、新しい就職先を見つけなければ。そう、未練は綺麗さっぱり捨てて。
理由というのは、この前の事件である。鈴がお代を払わなかった男をとっちめた事件。あれは本来ならば鈴は賞されるはずだ。けれど結果は反対。客は全員逃げてしまったし、その後も「なんだか怖い従業員がいる」「男をのしてしまうほどの女の子が働いている」などと悪い意味で有名になってしまった茶屋は、客があまり来なくなってしまった。もし、男をやっつけたのが都であれば、こうはならなかっただろう。「可愛らしいだけではなく、正義感もある」「安心してお団子を食べられる」こんな感じに良い意味で有名になっていただろうが、そんなこと思っても仕方がないのである。
つまり、鈴がいる限り、茶屋の繁盛は望めないということだ。
自分は間違ったことはしていないし、今回は運がなかったのだ。愛想のない自分が悪かったのだ。クビになって途方に暮れるのも、もうやめだ。
再び歩き出そうとしたとき、鈴は後ろから名前を呼ばれた。都の声だ。
「鈴さん!クビになったって、出ていくって本当ですか!?」
走ってきた都は少々息は乱れていたが、しっかりとした目で鈴を見てきた。
「はい本当です。今までお世話になりました」
「そんなっ…寂しいです!まだ居てください!私も店へ頼んでみます!」
「それはとても有難いですが結構です。私が居てはあの茶屋は潰れてしまいます」
「っ…!」
都も分かっているのだ。鈴を怖がり客が来ないことを。それを知りながら自分を引き留めようと走ってきた彼女に鈴は嬉しさが込み上げた。顔は全くその嬉しさを表してないが。
「ありがとうございます。走ってきてくれて、嬉しかったです。さようなら」
「わ、私も、ありがとうございました!」
都は鈴に深くお辞儀をして、遠くへと歩いていく鈴にさようならー!と手を振り続けた。鈴は振り返らないまま、手だけを上げて振り返した。
「かっこいい…」
都がそんな鈴を見て、こう呟いたのは、誰も知らない。
***
さて、都と別れてからどれほど歩いただろうか。もう町は見えなく、山への道が果てしなく続いている。この先を鈴は行ったことがないのだが、次の就職先は心機一転をしたい気持ちもあることだし、山を越えた今だかつて訪れたことがない町にしてみようと思う。…正直に言うとこの件で町に居づらくなってしまった。
山を越えるのは大変なことだろうが、へこたれていては何もできない。住むところがない鈴は当然帰る居場所もないわけだ。何日かかろうが必ず山を越えてやろう。幸い金と、食料はある。
意気込んで鈴は足を進めた。ピーヒョロロロ…。トンビがまた頭上で鳴いたのが、妙に心地よかった。
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