Working girl

□最初からクライマックス
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町のはずれにあるまぁまぁ繁盛している茶屋。

「いらっしゃいませー!」

この物語の主人公は、いつも元気で明るく容姿も可愛らしい茶屋の看板娘…




ではなく




「ご注文はお決まりでしょうか」

「…あ…はい……」

「鈴ちゃん笑顔笑顔!お客さん怖がってるでしょ!」

「申し訳ありません」


看板娘とは言い難い、先程から真顔で接客を勤しみ、そのなんとも言えない威圧感で客を怯えさせている音無鈴がこの物語の主人公である。


「やはり私には接客は向いていないかと。いつもなら私は裏方ではないですか」

「そう言われても、最近は都ちゃんが働き出してからお客さんが増えちゃって、私と都ちゃん二人じゃお店回らないのよ」

「都ちゃん」とは、冒頭で明るく客を迎え入れていた女の子だ。鈴よりずっと社交的で人懐っこい彼女は住み込みで働いている鈴と違って最近入ったバイトの子である。都が入ってから、客は確かに増えた。ありがたいことだ。

だが、接客を得意としない鈴にとっては悩みでもある。接客も大事な仕事。仕事であるかぎりきちんとこなすが、やはり得意でないものは、どれだけやっても得意にはならない。あまり仕事に不満は言いたくないが、鈴がお茶を持っていくとあからさまにがっかりする客(特に男)には正直そのまま茶を頭からぶっかけたい衝動にかられる。

「それでも鈴ちゃんは真面目にやってくれるから助かってんのよぉ」

「…ありがとうございます。頑張ります」

そう不満を言いつつもお世話になってる店主には頭が上がらない。褒めてもらえば素直に嬉しいし、このまま頑張って接客を得意にしようと鈴はポジティブに考えることにした。

「お団子お持ちしました」

「鈴さん笑顔笑顔!」

「申し訳ありません」

今度は都に注意されながらも、鈴は接客を続けた。




昼下がり、店の忙しさはピークに達し、猫の手も借りたい状態であった。そんななか鈴は奥のほうでザブザブと食器を洗っていた。長年色んな職場で働いてきた鈴の食器洗いは最早プロ並み。食器洗いのプロなんかいないだろうが、それくらい鈴の洗った食器はピカピカに綺麗だった。

「すみませーん!」

食器を洗っていると何やらお客さんが来たようだ。店主か都が対応するだろうと思ったが、何分今の店の忙しさはピーク。仕方がない自分が出よう。鈴は水で濡れた赤切れた手を前掛けで拭きながら声の方へと向かっていった。

「三名様でしょうか」

「あ、私達おつかいで来ました!」

「おつかいですか」

「学園長先生のおつかいです!」

客は少年三人だった。学園長ということは学生さんか。鈴はおつかいの内容もとい注文を聞くと「少々お待ちください」と再び奥のほうへ引っ込んだ。鈴が注文の菓子を包んでいる間も三人は仲良さそうに、店の前ではしゃいでいた。それを鈴は少し羨ましくも思ったが、包む速さが衰えることはなかった。

「お待たせしました」

「ありがとうございます!」

包んだ菓子を眼鏡の少年が受けとる。苦手な接客を無事終えた鈴は心のなかで安堵した。

ふと、眼鏡の少年の隣にいる、目付きが鋭い少年がこちらを凝視していることに気がついた。何か不手際があっただろうか。分からない。鈴は少々焦ったが、持ち前のポーカーフェイスを保つ。

「何か他にご用でも」

「おねーさん前からここの茶屋にいたっけ?」

「はい。結構前からいましたが」

「ふぅん」

何が言いたいのか。聞いたところで答えは出なさそうなので鈴は頭を抱えた。ところでさっきからもう一人の少年がお団子を見ながら大量の涎を垂らしているが大丈夫だろうか。

少年達が帰ろうとしているときにつんざく悲鳴に似たものが店内に響いた。それを聞いた少年達は足をとめて鈴と供に声の方を見る。今のは都の声だ。

「お客さん暴力は困ります!やめてください!」

「あぁ!?それが客に対する態度かよ!?」

鈴がその場へ行くと一人の見るからに柄の悪い男と店主が言い合っていた。他のお客さんに話を聞くと男がお代を払わず、それを都が咎めると男は都の顔を張り飛ばしたとか。なんて最低な男なのか。

「大変だ!助けないと!」

「で、でも乱太郎、相手は大人の男だぜ?しかもすげぇ強そうな」

「たったしかにそうだけど!このまま見過ごすわけにも…」

少年達がとても正義感溢れる会話をしている間にも男は次に店主にまで手を出そうとしていた。

「あわわわっ早く助けないと〜!」

男の手が店主に降り注ごうとしたとき、とてつもない打撃音が店内にこだました。その直後男はバサリと床に倒れる。倒れた男の後ろから見えたのは壺を持った鈴だった。いつもの真顔で男を見下ろしている。


「お代を払わないお客さまはお客さまではありません」


誰もが唖然とした。男の後頭部にある大きなたんこぶと鈴が持っている壺で、彼女が何をしたか一目瞭然であろう。鈴は店内に流れる沈黙をもろともせず、店主と都と順番に大丈夫か、と手をさしのべる。そのあとに気絶した男を縄でぐるぐる巻きにし町の中心地へ置き去りにしてきた。要は晒したのだ。


「では皆さん、ゆっくりしていって……あれ」


店に戻ってきた鈴は残った客にそう言おうとしたが、客は一人もおらず、残っているのは伸びてしまった店主と都。それから正義感たっぷりの少年三人だった。

「あの、他のお客さまは」

「み〜んな逃げちゃいましたよ?」

「え」

「そりゃーあんな怖いお姉さん見れば逃げますよ」

「そんな」

「でもでもっすっごいかっこよかったです!まるで忍者みたいでした〜!」

「忍者などに例えられても嬉しくありません」

あんなにいっぱいいた客が自分のせいで全員いなくなってしまったなんて、こんな失態最悪だ。鈴は表情こそ変わらなかったが、心は自己嫌悪の雨がどしゃ降りだった。そんな鈴を見た少年達は焦ってすぐさまフォローをした。

「ありがとうございます。あなた方はとても心優しい良い学生さんですね」

「いやぁ〜そんな〜えへへ」

「お姉さんってそうやって褒めるときも真顔なんスね」

だから怖がれるんすよ。目付きが鋭い少年は最後の最後まで厳しいところを突いて、店を去っていった。外はすでに太陽が山へと傾き夕方になろうとしていた。カラスの鳴く声が遠くから聞こえる。

「やはり私に接客は向いていませんね」

鈴は少年達を見送った後、店へ戻り早々に仕事の続きと後始末を再開した。




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