Toshio's ROOM

□sweet poison
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敏夫が朱音の部屋にやってきて適当に食事をして、酒を飲む。

いつもの流れだった。


ほろ酔い状態で、適当な会話。

テレビを見ながら、その日あったことを話していた。


いつもより流れが遅い、と朱音は感じていた。


もうベッドに行ってもいい頃なのに、と思う。

ここに来る目的はそれだろう、と思う。それしかない。


でもそうならないと変な感じがする。


勝手に嫌な予感がしていた。


「先生、ベッド行かないんですか」


思わずそう口にしていた。
ハッとするがもう遅い。


先生はほろ酔い状態でおかしそうに声に出して笑う。

意地の悪い笑みに見えて朱音は目を逸らす。


そっと髪に触れられて敏夫の手の中を髪が滑る。

その仕草にすらどきりとするから、どうしようもない。

頭に手を伸ばされて敏夫の方に引き寄せられて、敏夫の肩口に額が当たる。

暖かさを感じて朱音は目を瞑る。


「俺だっていつでもしたいわけじゃないぞ」


そんな風に言われて切なさに胸が痛む。

これが恋なんだろう。
いつぶりだろうか、こんなに胸を焦がすのは。

伝えられない思いで余計に折り重なって深みが増していく気がする。

ずっと同じ人とセックスするのは飽きる。
男の人はきっとそうだ。

もう飽きてしまったんだろうか。

敏夫の肩口に自ら体重を預けながら朱音は目を瞑る。

セックスをしないならこの関係はどういう関係なのだろう。

名前が付けられない。


こうしてベッドに行くまでに時間があるとき、いつかきっとそのままの流れで別れ話をされるんじゃないかと思ってしまう。

それが嫌な予感だった。

まだ、終わらせる勇気は自分の方にはない。

重荷にならないように注意をしているはずだ。

でも飽きられてしまったのなら意味はない。




看護師として働くことに疲れていた。

だから転職することにした。
縁もゆかりもないこの村に来ることはそれなりの勇気が必要だった。


勇気を出してよかった。

この医者に会えてよかった。

この医者の下だから、まだ自分はこうして看護師を続けていられる。

殺伐とした環境で看護師をすることは自分の命を削って仕事をしているようなものだった。

それにふと疲れて緊張の糸が切れた。

自分には看護師は向いてないんじゃないかと。


勇気を出してここに来て働いて初めて、自分はこんな医者を求めていたんだ、と気が付いた。

こんなスタッフに囲まれていれば、どんなに職務内容が忙しくとも日々のストレスは軽減される。

人間関係がこんなにも大切だとは思わなかった。

この人がいるから今の自分があると思わないでいられない。

この医者の下で働いていたい。


それを手放すなどと。


でもそれもきっといつかはそうなるんだろう、と思った。

こんなに近付かなければ、少なくとも辞めることはなかったかもしれない。
少しの後悔が心の中に澱んでいる。


しかしいつかはこうなっていたのでは、と思う。

順番は逆になってもきっと自分はいつかこの人を好きになっていたと思う。

奥さんがいることを知っていたとしても。

時を戻せたとしてもきっと自分の感情はいずれこうなっていたと思う。

こうして恋をしていたと思う。


この人の方が自分に答えずに体の関係にはならなかったとしても。
きっといつか自分はまたこの人に恋をする。


しかし今こうして体の関係があるから尚一層苦しいのだと思う。
しかし妻の立場も考えずに身勝手なものだと思う。


随分と自分勝手だと分かっている。
分かっているのにやめられない。

それほどまでに身を焦がす。

この恋を明かさずに消滅させることができるのだろうか。



「でも、ちょっと眠って行きますよね」


そうだな、と呟くような声を聞いた。

朱音は暫くしてからそのままシャワーを浴びてベッドで待機する。
敏夫もその後すぐにシャワーを浴びていた。

浴室から響く音を聞いているとなんだか不思議な気持ちがした。


普通に恋人ができたときのような、そんな感じ。

ソワソワと待っている。



敏夫がベッドルームに入ってきて、そのまま当たり前のことであるかのように普通にベッドに2人で横になった。
少し手を動かせば触れられる位置に愛しい人がいる。

ベッドはお互いの熱でじんわりと温まっていく。


こういうのを求めているんだろうな、と朱音は思った。

当たり前のように隣にいてくれる。
こうして触れられる位置に。

とくりとくりと胸を鳴らす。

この音が聞こえてしまうかもしれないというくらいに自分の中に響いていて、目を閉じても落ち着かなくて眠れない。

隣にいる人の存在感。

1人で眠るときと全然違う。

敏夫がこちら側に向いて寝返りを打つのが分かって朱音は一瞬どきりと胸を鳴らした。

ふと体の上に手が伸びてきて、肩に触れられるとそのままぐいと力強く敏夫の方を向かせられる。

部屋は薄暗くしてあったが、顔を少し上げれば目が合うのが何となく分かる。

そっと合わされるふわりと甘い唇に酔い痴れる。

思考が痺れていくように甘く鈍っていく。

そうしてゆっくり離れると背後に手を回されて抱き締められる。

胸に顔を押し当てられて息がしづらい。
熱い吐息が掛かってしまいそうでそれが気になる。

足も絡められて腰あたりを固定されて身動きが取りにくい。
全身熱に包まれているような状態だった。

更に煩くなる心臓の音に朱音はどうしようもなく目を瞑る。


「もう寝るんだろう、落ち着いたらどうだ」


「…そんなこと、言われても」


そうは言われてもドキドキした胸の心拍数が収まるわけじゃない。

これは不可抗力だ。


頭を撫でられ、背中をさらさらと撫でられるのが分かる。

それだけのことといえばそうなのだが、もう朱音は落ち着けるはずもなく、自分からも相手に抱き付いて、更にぎゅっと目を瞑る。

敏夫がドキドキしている風もなく、朱音は自分ばかりがこうして余裕がなく情けないような気持ちにさせられる。

この人には敵わない。

こんなにも好きなのだから、どうしようもない。

朱音は額を敏夫の胸に擦り付ける。愛しい人の匂いで包まれていたいと思った。

そうすると敏夫が小さく笑うのが分かる。


そのとき体を押される力が働いて、朱音は仰向けにさせられる。

朱音の上にはベッドに手をついた敏夫がいて、じっと見下ろされている。


その鋭く射抜くような瞳を見ていると朱音はおかしくなりそうで、その色香に惑わされそうになる。

普段病院で見る雰囲気とは全然違う。

自分だけが知っている。そんな気分を味わう。

優越感だろうか。

ニヤリと意地悪く笑われて、朱音は頬を赤くさせていた。


早く触れられたくて、朱音は手を伸ばして敏夫の体に触れる。

促されるように敏夫は朱音に口付ける。

甘く深く混じり合う感触に酔う。


そっと体を重ね合わされて、体重が掛かる。


「仕方ない女だな」


そんな風に甘く囁かれるだけで体中が痺れるように感じた。

毒のように体を巡るこれは何なのだろう。


朱音には何も抗えない。術を持たない。


ただただ、されるがままに翻弄されるだけだった。
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