Toshio's ROOM

□first night
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溝辺町の方まで飲みに行って、あまりにも楽しくて帰りは遅くなってしまった。

そして飲ませすぎたようで、敏夫は結構泥酔状態に近い。


タクシーに何とか乗り込んで外場方面に向かう。

完全に敏夫は寝こけている。


これはちゃんと家まで戻れるんだろうか、と朱音は敏夫の方をじっと見るが、怪しい。

自分の方はほろ酔い状態だ。

しかしそんなことはどうでも良くなって、そのままタクシーの中で眠った。




外場村入り口に着いてタクシーの運転手に呼ばれて起こされる。

大体の方向に向かってもらいながら、朱音は敏夫を揺すって起こすようにする。


「先生、もうちょっとで着きますけど…」


先に尾崎医院の方に向かう道順を説明しながら、朱音は敏夫にそのまま声を掛け続けていた。


「先生、大丈夫ですか、
すみません、飲ませすぎましたよね」


「ん、ああ…」


やっと返事が返されて、瞳が薄く開くのが分かって、朱音は敏夫を揺するのを止める。

しかしまた目は閉じられる。

一人で帰れると思えない。

しかし彼のお母さんを起こすわけにはいかない。

良くないことが起こる気がする。

あんまり話したことはないが、ややこしそうな感じがする。


ふと、悪戯心が沸いたように、朱音は敏夫の耳元で囁く。


「先生、もう、起きてくれないなら、うちに連れて帰っちゃいますよ…?」


たぶん酔っていたから出た言葉だと思う。
そうでなければそんなことは言わなかったと思う。

そしてほとんど冗談のつもりだったはずだ。


「…ん、ああ」


「え、先生?なんて…?」


何の返事か分からないが、そんなことを言う敏夫に朱音は驚く。

でもきっと寝言だ、そう思いながらも、朱音はタクシーが尾崎医院が近付いていることに気が付いていたにも関わらず、何も言わないでおいてしまう。
思わずそのままタクシーを止めずに尾崎医院の前を通り過ぎさせてしまう。

態となのだが、自分のしたことに朱音はどうしてか唖然としてしまう。

過ぎていった尾崎医院を窓枠に手を掛けて、見送るように後方へ眺めていた。
何かを考え込むようにしながらもそのままタクシーが自分の家の方向へ向かうのが分かってどうしようもない、と思いながら後方を見るのを止めて朱音は敏夫の方を見た。

ぼんやりほろ酔いで、体は熱い。
しかし自分が何をしてしまおうとしているのか分かって、そこだけ妙に冷静だったように思う。


そのまま自分の家の前で降りて、敏夫を起こしてタクシーから降ろす。
立つことは出来るようだが、それでも足元覚束なくふらついている。

料金を払えばタクシーはそのまま自分たちの前を通り過ぎて消えていく。

夜の闇に包まれていた。

朱音が敏夫に寄り添えば、腰に腕を回されて寄り掛かられる。

セクハラなんてする人じゃない。

セクハラですよ、なんて言えばこの人なら慌てるかもしれない。

でもこうして触れられるのが嫌ではなくて、そう思う自分をどうしようもないとさえ思う。

とくりとくりと胸が脈打つのが分かる。

どうしてこうなったのか、と思いはするがそれはそれで自分の望みであったように思うから。


朱音は敏夫に寄り掛かられながら、そのまま家の中に入った。

誘っておいて朱音は少し躊躇しながら玄関に入れて、廊下の電気を付ける。

その明るさに眩しくなって朱音は目を眇める。



「あ、先生、どうぞ」


そう伝えれば先生はそっと家の中まで入ってきて、そしてリビングまで通して、ソファに座らせる。


「大丈夫ですか、水、持って来ますね」


すぐに眠ってしまいそうな敏夫を見て朱音は笑ってしまう。

こんなことをしながら今日のところは介抱するだけになるかもしれない、と思うとそれもおかしかった。


コップに水を入れて渡すとゆっくり飲んでいて、でも目はそのまま閉じてしまいそう。

空になったコップを受け取って、朱音は敏夫の隣に座る。


「吐きそうじゃないですか?
横になります?」


「…いや、大丈夫だ…」


敏夫が額に手を当てるのを朱音は見ていた。
だいぶ意識がはっきりしてきたのだろうか。

この状況を理解しているのだろうか。


俯いたようにしている敏夫の頬に朱音は何となく自分の手を触れさせる。

敏夫は少し驚いたようにして、朱音を見てその手を掴んでいた。

朱音は首を傾げる。


「先生、本当に、」


朱音は大丈夫ですか、と言おうとしていたのに、遮られるようにそのまま掴まれた手を引っ張られて朱音はバランスを崩して敏夫の胸に倒れ込んだ。

お酒の匂いが強くなる。
鼻腔を擽るのはお酒だけの匂いじゃない、と気が付く。

こんな間近に敏夫の匂いを感じたことはなかった。

そうされるのが嫌じゃなくて朱音はそのまま抱き締められるようにされながらじっとしていた。
朱音は敏夫の体温の暖かさが気持ち良くてそっと目を瞑る。



そもそも嫌だったら家に連れ込んだりしないか、と朱音はふと思って気付かれない程度に笑う。


このまま暖かさに包まれていると意識が澱んでいくように感じられる。

そっと体を離されて、朱音は敏夫の目を見上げる。

この真っ直ぐな色の目が嫌いじゃない。
不真面目なようでいて、本当は誰より真面目で、そういうところが悪くないと思う。


そっと頬に触れられて唇を合わせられる。

ふわりと意識が浮かんで、胸が高鳴る。

酒の匂いと煙草の匂いとで酔い痴れる。

舌を絡ませられるとその香りもダイレクトに伝わる。

そっとまた抱き締められて背中に手を回されて撫でられる。

それ以上にもっと触れ合いたくて堪らなくなってしまう。


「…先生、
ちょっと横になりませんか」


そんな風に呟くように行って、ベッドあっちなので、と力なく指差して言えば、敏夫は立ち上がって自分も一緒に立たされる。

ほんの気まぐれだった。

初めから全くそんなつもりがなかったと言えばそれは嘘になるのかもしれない。

職場で見る限りは女っ気のないこの人がどんな風に女を抱くのか、気になる。

そんな風に一瞬でも思わなかったと言えるだろうか。


医者として上司として経営者として尊敬していた。

男としては、どうだっただろう。

興味がなかったと本当に言えるだろうか。


そんな風に思いながらベッドに入った。
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