Toshio's ROOM

□entice
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飲み会の帰りのタクシーの中。
尾崎医院の忘年会で溝辺町の居酒屋まで行っていたその帰りだ。

そこでは飲み過ぎた朱音が敏夫の方に凭れて目を瞑ってうつらうつらと小さく揺れている。

前の席にも隣の席にも誰かしら医院の者が座っていたが、一人一人降りていくのが朱音にもなんとなく分かった。



飲み会終わりにタクシーに乗り込んだ瞬間から、朱音は敏夫の隣に座っていた。

酔った勢いに任せて敏夫の方に朱音が凭れて眠っていても敏夫が文句を言わなければ誰も何も注意する者がいない程度には皆酔っていて、朱音はそのまま寄り添うようにして眠っていた。

敏夫の匂いは酒と煙草と他にもいろんな匂いに混ざっているのが朱音には分かる。

朱音は手を少し動かせば敏夫の手に触れるのを分かって、ゆっくり探るように動かせばすぐに相手の手が見つかる。
そうすればすぐに自分の手が彼の手に握り込まれるのが分かって暖かさに包まれて酷く安心感を覚えて息を吐いた。

愛おしげに親指で手を撫でられているのに気が付いて胸がいっぱいになって柔らかく握り返す。
そうすれば強く握り返されてそれがまた脈を速くさせていることをこの人はたぶん知らない。

周りの者はまさか自分たちが手を握り合ってるなんて思わないだろうから、それが酔った気分を更に高揚させて胸をときめかせる。


順番に皆がタクシーを降りていき、最後に朱音の家の近くになって、敏夫に揺すり起こされる。




「朱音、もう着くぞ」


「ん…はい…」


そう言って朱音は目を少しだけ開いた。
車内は静かで、車を走らせている音しか聞こえない。


そっと隣を見れば愛おしい人と目が合う。

全員もうタクシーからは降りていて帰宅済みで、今車内には運転手以外には2人きりだ。

朱音は期待を込めて敏夫をじっと見上げる。


「…そんな目をしないでくれ」


「そんな目ってどんな目ですか…
先生、ちょっとだけ、寄って行きますよね…?」


そんな風に悪戯っぽく微笑んでも先生からすぐには返答がなくて、朱音は促すように先生の襟元を掴んでゆっくり近付ける。
先生から特に拒絶するような動きはなくて、そのまま唇をそっと静かに合わせていた。

すぐに手を離して体を離し、じっと見上げれば、先生は目を逸らして小さく息を吐く。


「…先生、
歩けそうもないので、玄関まで送ってください」


「……分かった」


そんな風にお願いすれば、先生からは観念したように短く返答があって、朱音は微笑む。
そっと肩に手を回されて引き寄せられて、朱音も誘われるまま寄り添った。




タクシーで連れ立って降りて、朱音が敏夫の手に触れれば強く握られて引き寄せられる。
酔っているから足元は少しふらつくが1人で歩けないわけじゃない。
それでもそのまま朱音は甘えるように敏夫に寄り添って玄関まで歩く。


部屋に入りすぐに電気をつけると少し眩しいように感じる。
靴を脱いで部屋に上がればそのまま抱き竦められる。

酒の強い匂いがして頭がくらくらする。
でもきっとそうなったのはそれだけじゃない。


ベッドルームに入ると、すぐにベッドに座り込む。
朱音はすぐ服に手を掛けられるのが分かって、そのまま大人しくしている。

飲み過ぎたせいかぼんやりとして朱音は敏夫にそのままされるがままでいた。

慣れた手つきで全て服を脱がされて、体を撫でられると朱音から熱い吐息が溢れた。

部屋はすでに薄暗くされていて、そこまではっきりとは相手の表情は見えないが、ぼんやりと相手の顔を見つめる。

滑る手だけは熱くて、触れ方からもう既に焦らすようなものではなく直接的に自分を欲情させるためのものだと分かって、脈を早くし息が上がっていくように感じる。

それでも、触れ方はどこまでも慣れてはいても優しくて柔らかで、それが更に一層自分を煽り立てているようだった。


「……さすがに飲み過ぎだな…」


「ん…だって、先生が………」


そう言って朱音は敏夫を見上げて唇を尖らせて首筋に触っている。


「俺が、なんだ」


「先生が、いろんなワイン頼んでくれたんじゃないですか、美味しくて、嬉しくて…
だから、いっぱい飲んじゃったんです」


「君が好きそうなワインだったから」


「はい、美味しかったです、すごく…」


「2人ではあまり行けないからな」


「そうですね、後にも先にも2人で外で飲んだの、初めての時だけでしたね、
………でも、あのときも、こんな感じでしたよね…」


そう言って、朱音は敏夫に唇を押し当てる。

そうするだけで愛しさが溢れ出すのが分かる。



「今日も期待してたんだろう」



「…はい、まぁ、
でも、タクシーの周り方が変わってたら、
先生に来てもらうの難しかったかもしれません…
よかったです、最後私たちで」


「わざとこうなるように仕向けたに決まってるだろう」


「ん、ええ……そんな、先生、なんか今日は来るのやめとこうかな、て感じだったじゃないですか…」


「君が引き留めようとするのが、可愛くて」


「先生って、狡いですよね…」


そういうところも好きだと感じるなんて末期だなと思いながら何も言葉を紡げずに朱音は代わりに敏夫にキスをした。

伝えたいのに伝わってはならない想いを載せて。


   
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