Tatsumi Dream
□awakening
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目が覚めたときは部屋の中に微かに日が差しており、夜ではないことが分かる。
ぼんやりと瞼が重い。
麗奈は何かの電子音に気がつく。
規則的な音が延々と鳴り続けている。
そっと頭上を見上げると、点滴の支柱が見える。
その管を目で追えば、自分の腕に繋がっている。
点滴の液は赤黒い。
不思議な感覚を覚える。
病院にいるみたいだな、とふと思った。
しかしそれ以外の景色はなんら変わっていないのが分かる。
まだ、生きているらしい。
そろと横を向けば、彼が椅子に座って膝を組んで腕を組んでいる。
珍しく目は硬く閉ざされている。
眠ったところはあまり見たことがない。
辰巳さん、と呼べばすぐ様目を開き、自分に素早く近づく。
麗奈は不思議そうに辰巳を見上げる。
「よかった…目が覚めて」
心底そう思っているような声音をしていて麗奈は意外に思った。
不思議そうにしていることが分かったのか、辰巳は麗奈の頭を撫でながら言う。
「3日間意識がなかったんだ」
麗奈は自分は死に損ねたのか、と合点がいったように頷く。
手にはパルスオキシメーターをはめられ、点滴は輸血をされているのだろう、心電図までついているようでずっと聞こえていた音はその電子音だったようだ。
「…この、ルートは、誰が…」
「僕だよ」
ルートとは、点滴などをするために主に腕の血管に針を刺し留置、固定することで定期的に点滴などを可能にする手技のことだ。
「…へぇ…看護師顔負けですね…」
麗奈は少しおかしそうにして笑う。
辰巳はそれを見て気付かれない程度のため息を吐いていた。
「気分は?」
「悪くないですね…」
麗奈は自分でも不思議そうにそう言った。
体の怠さもあのときよりは軽減しているようだ。
「でも、どうして、私はまだ生きてるんです…」
「見れば分かると思うが、輸血をして、血圧も下がっていたから、ノルアドレナリンとかを」
辰巳は真面目に応えているが、麗奈は空返事をしただけだった。
麗奈はそういうことを聞いたつもりではなかった。
まだ、こんな生活が続くのか、と思うとそれにも気が遠くなる。
「食べられそうなら消化に良いものを作ってくるが」
麗奈はなんとなく頷いていた。
そこまでお腹が空いていたわけではない。
なんとなく1人になりたい。
辰巳はそのまま部屋を後にする。
今の辰巳は気が抜けているのか鍵を閉め忘れたことに麗奈は気がつく。
こんな体でどうしようというのか。
そう思うと部屋から出る気にもならない。
麗奈は体を起こすとベッドの上で壁際にもたれる。
以前と変わらず服は着せてもらえていないため、シーツを被る。
パルスオキシメーターは外して、心電図も外してモニターもオフにする。
違和感があるからルートも外してしまいたいが、輸血の滴下がまだ終わり切っていない。
自分が患者のような立場に回るなどと思いもしなかった。
暫くして輸血も終われば、麗奈は自らテキパキと抜針までして傷口に傍に置かれていたガーゼを押し当てテープで止める。
ぼんやりとシーツを手繰り寄せて、そのまま壁際に凭れながらベッドの上に座り込んでいる。
貧血はだいぶ改善しているのだろう。
体の怠さはだいぶマシになっている。
輸血さえして仕舞えば死ぬようなことはない。
なんでもないような事のように思えて不思議だ。
それでも一定量の血が失われると人は簡単に死んでしまう。
支柱台から外された輸血製剤が目に入る。
これが手に入るのなら、起き上がりは吸血をしなくても生きていけるのではないかとふと思った。
貧血を改善するにはこれだけの効果がある。
きっと、効果があるはずだ。
そうは思うがそこまで簡単に手に入るものでもないのだろうか。
もうどれだけの起き上がりがいるのか検討もつかない。
ここに来てどれだけ日数が経過したろう、と考え込みそうになるが、麗奈は首をそっと振る。
もう意味もない。きっと病院の人たちは逃げたか、死んだか、そう思っているだろう。
そしてそれは今の状況を考えれば大差ない。
自分は逃げたのだし、これからきっと明日明後日ではなくともいつかは殺されるのだ。
もうどうしようもないのは変わらない。
そっと膝を立てて顔を伏せる。
仕方ない。
自分にはもう何もできない。
扉がガチャリと開くと彼が入ってくると、音に反応して麗奈は顔を上げる。
扉の鍵は閉まっていなかった。
彼は一瞬驚いたように麗奈を見るが、麗奈は別段反応はしない。
麗奈が体を起こし、点滴の処理なども終えてしまっているのを意外そうに見ているが、そのままテーブルに食事の用意をする。
もう彼以外には長らく会っていない。
彼とすらも長い会話は交わしていない。
喉が掠れるような感じがする。
人に会えず閉じ籠り続けているときっと声も出せなくなるし、もう全てがどうだって良くなるだろう。
今のところ苦痛が与えられているわけではないから、余計にそう思う。
でも、奪われていくような感覚はある。
自由を奪われ、感覚を奪われ、命すらもきっと奪われる。
「食べれるだけで構わないから」
「…はい」
目の前に出されたのは雑炊のようなものだった。
いい匂いがする。
ここに来て初めてそう思った。
麗奈はゆっくりと手を伸ばしていた。