Tatsumi Dream
□drop
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午後昼過ぎを回った頃に辰巳は麗奈がいる部屋を訪れると麗奈は眼を覚ましており、じっとベッドに1人座っていた。
自分に気がつくと顔を上げて視線を交わらせる。
無表情だったその顔も微かに嬉しそうに弱々しく笑うのが分かる。
「食事をしていなかったと思ってね」
あまり食欲もないのではないかと軽めの軽食と飲み物を用意して、部屋にあるテーブルに乗せてベッド近くに寄せる。
麗奈は特に関心もなさそうにその様子を無言で眺める。
「貧血もあるだろうし、食べた方がいい」
「…はい…」
麗奈はそう言って仕方なさそうに辰巳が持ってきたサンドイッチに手を伸ばして一口齧って咀嚼する。
「脱水気味だろうから、飲み物と」
そう言ってペットボトルのキャップを一度緩めてからテーブルに並べる。
麗奈はペットボトルの水を一口口に含むが、そのままテーブルに全て戻して食事を終えてしまう。
「もういらないのかい?」
「食欲、なくて…」
麗奈は酷く気怠そうにそう言って俯く。
テーブルの上の食事には興味をなくして麗奈は辰巳に近付いて寄り掛かる。
辰巳も背中に手を回して麗奈を撫でると、麗奈は微かに上気した顔を上げて期待したような表情でこちらを見やる。
「…まだ、足りないのかい?」
麗奈は返事を返すことはないが、その返事の代わりのように、自分に擦り寄ってきて体をピタリと付ける。
服は与えていないから身には何も纏っていない。
シーツを被っていたようだが、それもズリ落ちて、裸のまま自分の方に体を寄せて、煽るようにしている。
死の間際の本能なのだろうか。
その様がいやらしく扇情的で辰巳はその挙動から目が離せずにいた。
そっと口付けてやれば、麗奈はそのまま先を促すように冷たくて細い指先で自分の体に触れてきて肌の上を滑らせる。
辰巳はなんとか麗奈の体を押し戻す。
麗奈は少し驚いたようにして抵抗せずにその場に座り直す。
「食事をきちんとしたらまた抱いてあげるよ」
「…どうして」
「そのままじゃいくらも保たないだろう」
麗奈は感情を表すように強く歯を噛み締めるのが辰巳にはわかった。
そのまま俯いて言葉を漏らす。
「もう、そんなに生きられないんでしょう…」
悲痛な表情でそう言った。
こんな食事になんの意味があるのか分からない、と言うように麗奈は首を振って眼を伏せる。
それは確かにそうだな、と辰巳も思う。
「それなら、貴方に最期まで抱かれていたい。
食事は、もういいです…」
麗奈は首を振って目の前のテーブルから眼を逸らす。
体は力を失って脱力する。
辰巳は麗奈の体を引き寄せてそっと胸に収める。
麗奈も辰巳の背中に手を回してしがみ付いて、辰巳の首筋にキスを落とす。
「それでも食事をするんだ」
麗奈は顔を上げる。
諦めたように辰巳から体を離し、俯く。
「貴方を殺せない時点で、もう私の負けだと悟りました」
麗奈ははぁ、と一つ溜息を漏らす。
一条涙が流れ落ちるのが辰巳には見て取れた。
辛いのか、悲しいのか、その全てなのか、複雑な表情を晒している。
「だから、殺されるしかないのだと、諦めました。
貴方が何者だろうと、もう…」
その感情や涙が何を表すのか辰巳にははっきり分からないでいた。
殺される恐怖と、自分への感情がない混ぜになっているのか。
吸血による貧血と脱水と、体の疲労とで覇気がなくなっていく。
絶望の中の唯一の希望が自分への想いなのだろうか。
人間はどうしてこうも浅ましく儚い存在なのだろう。
「…心配しなくても、まだ君を殺すつもりはないよ。
まだそんな命令は出ていないから。
一度吸血したのは理解させるためだ。
まだ、殺さないから、食事をするんだ」
辰巳は言い含めるように麗奈に言う。
麗奈には特に響いた様子はない。
それでもきっと殺されることには変わりないのだからそれはそうだろう、と思う。
「食事を終えた頃にまた来る」
辰巳はそう言って部屋を後にした。
麗奈にはそれを止める術はなく、見送る他できることはなかった。