Tatsumi Dream

□sink
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夜はとっぷりと日が暮れているようだった。
窓から光が差すこともないが、部屋には薄明かりが灯されており、微かに辺りが窺える。

麗奈はそっと目を開いていた。
広いベッドで眠っていたようだ。

身体が重い。長く深い夢から醒めたような感覚に襲われていた。

徐々に部屋の仄暗さにも目が慣れてくる。

ここはどこだろう、と思う。
頭がうまく働かない。何かとても重要なことがあったはずなのに、どこかぼんやりとして思考ができない。

麗奈はゆっくりと身体を横向きにして額を軽く押さえる。
どこが痛むわけではないが、身体は酷く怠く感じていた。


自分に何が起こっているのか。
頭の奥の方でははっきりと理解しているはずなのに、あまり強い感情が湧いてこない。

ここが何処なのかも本当は麗奈には分かっている。
来たことのある場所だ。

以前とあまり内装が変わっていない、と頭では分かっている。


麗奈は重い身体をそっと起こす。するりと肩から毛布が流れ落ちる。
身には何も纏っていない。
部屋は温められており、寒さは感じない。

寒くはないのに麗奈は自分の身体をそっと抱き込んだ眼を一度瞑る。


なんの物音もしない。


どうしていいかが分からない。

ベッドからゆっくり降りて部屋の中を歩く。

窓は閉じられており、カーテンも閉まっている。

部屋の外に繋がっているドアに近付きそっとノブを掴んで回す。


分かってはいたが、やはり扉は開かない。


部屋の中に閉じ込められているのだろう。
人の気配はこの部屋の中にはなかった。


麗奈はベッドに戻って、膝を抱えて座った。




ゆっくりと思考が始まる。

麗奈はぼんやりと今までのことを思い出す。





あの人は、一体どうなってしまったのだろう。

私すらも本当に今生きている、と言える状態なのだろうか。

思考が始まれば、あの人のことばかりを想い出していた。
悪い夢から醒めたのか。
これはまだ夢の続きなのか。


これは現実ではないのではないか。どこから、どこまでが、現実なのだろう。



自分はどうしたいのだろう。

今あの人が、ここに来てくれたら、自分がどんな選択をしてしまうのか。

想像するのが恐ろしい。


今、あの人は無事なのだろうか。


麗奈は恐らく噛みつかれたのであろう首筋に触れる。微かに痛みを感じる気がする。


疲れのせいなのかなんなのか体が酷く怠い。
麗奈は膝を抱え込みながら目を瞑る。

それ以上の思考が鈍っていくのが分かる。

頭も重く、考えるのが辛い。

意識が沈んでいくのが分かったが麗奈には抵抗する術がない。

そうして微睡のなかに落ちていこうとしているときに、かちゃりと静かに扉が開く音がして、麗奈ははっと顔を上げて目を開く。


扉の向こうの薄暗闇から顔を出したのは、辰巳だった。

麗奈は辰巳に近づくため、思わずベッドから転がり出してそのままベッドから毛布ごと滑り落ちて動きが止まる。


辰巳が驚いたように麗奈に素早く近付き、その体を軽々と持ち上げてベッドの上に落ち着けた。


「大丈夫かい?」


辰巳がそう問えば、


「あっ、辰巳さっ…ん…!」


麗奈は辛そうな表情をしながらもそのまま辰巳にほとんどしがみ付いて強く抱き付く。
辰巳も答えるように柔らかく麗奈を抱き寄せてゆるりと慰めるように背を撫でる。
麗奈は服を着ていなくそのまま素肌を暖かい手で撫でられているのが分かり、少しだけ安心したように声を漏らす。

麗奈はそのまま静かに涙を流していた。


「よ、よかった、辰巳さんが、無事で…
私……」


麗奈は不安感に苛まれて手に力を入れて辰巳の服を強く握り締めて抱き付く。


「死なないって言っただろう?忘れたのかい?」


辰巳は思うより優しげに声を漏らす。
確かに気を失う前に麗奈は辰巳にそう言われていたような気がする。
そう思い出しはするが、まだ不安は消えそうもない。


「…あ、あんなに血が、出て、私…!」


麗奈の体は小さく震え出していた。
あの恐怖がまざまざと思い出される。
刃物が深く胸に突き刺さる感覚。そこから流れる大量の血液。それが床を濡らして止まることなく広がっていく恐ろしい記憶。
麗奈は思い出しながら、恐怖と不安で体を硬らせる。

辰巳は苦笑をこぼしながら、安心させるように麗奈を強く抱き寄せた。


「大丈夫、僕はここにいる。絶対死んだりしない。約束しよう」


そっと体を離して辰巳は麗奈の目を覗き込む。
麗奈はさめざめと涙を流しながら、目を逸らすことなく辰巳を見つめている。
見ているうちは涙が止まる気配がなく、辰巳は薄く笑いを漏らして、満足そうに麗奈の頬を撫でて涙を拭う。

麗奈がそっと目蓋を閉じれば暖かい涙が零れ落ちてシーツを濡らしていた。

辰巳は目を閉じた麗奈に唇を重ねた。


麗奈は何の抵抗もすることはなく受け入れるように大人しい。


辰巳はそれを意外に思いながらも満足感で胸が満たされる感覚がする。

目が覚めて第一声は罵倒されるのではないかと辰巳は予想していた。

思ったよりも案外あっさり落ちてくれた。

自分の体を痛めた甲斐があったものだと思いながら唇を離して、麗奈の顔を見ればもっと欲しいと乞うような瞳を晒して自分を見つめている。

麗奈の方から求めるように瞳を閉じる。
辰巳もそれに促されるようにもう一度唇を重ねた。


キスを繰り返しながら、辰巳は刃物が刺さっていた自分の胸の辺りに触れる。
傷跡はきれいさっぱり消え去っている。


体を離して麗奈を見つめる。
服を着ていないことを思い出したのか、麗奈は恥ずかしそうに体を手で隠し始める。
辰巳はそのまま麗奈をシーツで包んでやる。

麗奈は自分に触れて漸く落ち着きを取り戻したのか涙もなんとか止まり、瞳が潤んでいるだけのようだった。


「…あの、辰巳さん、ごめんなさい…
それで、怪我は……」


麗奈の冷たい指が辰巳の胸を遠慮がちになぞる。

もちろん傷跡はないのだが、麗奈にはよく分からないのだろう。


辰巳は服を脱いで見せて、麗奈の手を取り、胸をなぞらせる。
素肌を触られるとぞくりと背筋が泡立つ感覚を覚えた。


「…よかった、怪我、治ったんですね…」


よかった、と何度もそう言って麗奈は辰巳の胸に擦り寄りまた一つ涙を流す。
辰巳は頷くのみで、返事を返し、麗奈の肩を抱き寄せて撫でる。




「寝てた方がいいんじゃないのかい?
貧血で体が怠いはずだ」


「…あ、そう、なんですね…」


麗奈ははぁ、と息を吐いて、気怠そうに返事をする。
体が辛いのが吸血によるものだと気が付いたのか、麗奈は自分の首筋に触れていた。



「悪いね。
服を汚してしまったから脱がせたんだけど、着替えがなくてね。
君の家から何か持ってこようかと思うんだけど…」


「…え…いまから、ですか?」


麗奈は不安に駆られて自分を見上げてくる。


「ああ。もう夜もそろそろ明けるから僕の仕事も終わりなんだ。だから…」


麗奈はふるふると不安気に首を振りながら辰巳の体を掴みながら言う。


「………寒くはないので、服はまだ…いいです…」


麗奈は遠慮がちに拒否する言葉を漏らし、顔を上げる。


「…あの、それよりも一緒に、いてくれませんか?」


まだ、不安が拭い去れないらしく、麗奈が辰巳の体から離れることはなかった。



「…ああ、それは構わないが…」

辰巳が意外に思いながらそう答えると麗奈は安心したように微かに眼を細めるが、眼を伏せまた言葉を紡ぐ。


「…でも、私、死ぬんですよね…
まだ、そんな感じはないですけど…」


体は疲れてはいるが、寝ていれば回復しそうな怠さがあるだけだと麗奈には感じる。


「……あと、
殺されるのなら、私は、辰巳さんが、いいです…
それ以外は、嫌です…」


麗奈はそう力なく言葉を告げて目を伏せ辰巳に寄りかかる。


「はぁ…それから、最期に、もう一つ…」



そう言いながら麗奈は辰巳の胸に凭れたまま、そして辰巳の胸に唇を自ら乞うように付けて離した。



「最期に、抱いてくれませんか?
………分かってます…
私は利用されていたって、愛していたわけじゃないって、尾崎医院の人間で、ただ偶然そこにいたからだって、
分かってるんですけど…
私、辰巳さんが、どうしようもなく好きなんです…
だから、最期にお願い、聞いてもらえませんか…」


麗奈は一息にいい終えて、また溜息をついて辰巳に寄りかかり、背に手を回して強く眼を閉じる。


寒いわけではないが、人肌の体温が暖かく心地よい。
辰巳からはなんの返事もない。拒絶されるような態度でもなく、麗奈はそっと体を離して辰巳を見上げる。 

一条涙が流れて、それを辰巳が優しく拭う。


どう言い表していいか分からない表情をしている。

麗奈はその瞳を見つめるしかない。

そっと頭を支えるように辰巳の掌が滑る。
また唇が降ってくる。

麗奈はそっと目を閉じて待ち構える。


ふわりと合わせられた唇が柔らかくて暖かい。

意識がそちらの方に集中していく。

辰巳の手が麗奈の背中に移動して弱い力で撫でられる。
それだけで体はピクリと反応して揺れる。
その反応を見て辰巳は軽く笑うのが分かる。

でも麗奈にはもうどうしようもない。

この先の快楽を待ち望んでいるから。

辰巳にゆるゆると体中を撫で回され、麗奈は体を捩るように動かす。

焦ったくて堪らない。
もう早く沈めてしまって欲しい。
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