Tatsumi Dream

□face-off
2ページ/3ページ





「……おかえり、麗奈。
早かったね。
今日も、一人かい?」


その人は振り返り、いつもと変わらぬ笑顔で笑う。

私はその顔を、怖ろしい気持ちで眺める。
何を考えているのか分からない。
頭が混乱しそうになるのをどうにか抑え、冷静さを取り戻すように再び掌を握った。
その手は確かに汗ばんでいた。

唇が震えそうになるのを歯を一度食いしばり、堪える。





「…貴方こそ、一人なんですか…」


掠れて、絞り出すような麗奈の声に、辰巳は口元を歪める。
たぶん笑っているのだとは思う。

でも、ここでどうして笑えるのかが麗奈には少しも分からなかった。


やはり、一人で始末することなど簡単ということなのだろうか。


「…麗奈の家に勝手に誰か連れ込むなんて、失礼じゃないか。
それとも、誰か招待してくれるのかい?」



辰巳からは、薄い笑みが零される。
麗奈はそれをどういう気分で眺めればいいのか解らない。

少し視線を逸らすようにして考えていた。


招待とは。
きっとそういう意味なのだろう。

招待されなければ、他者の家には入れない。

私は随分前にこの人を招待してしまっている。
初めて会った日から、私は、いつか殺されることが決まっていたのかもしれない。

招待は取り消せない。
いつか彼が言っていた気がする。



「……貴方を招待したのは間違いだったんですね。辰巳さん…
貴方が今までどんな気持ちでいたのか、考えるだけで、ぞっとする」


何て馬鹿だったのか。
しかし、それは今更もう仕方のないこと。

取り消すことはできない。
私は彼と会ってしまった。
こんな関係になってしまった。

こんなにも愛してしまった。



時間が巻戻せればどんなにいいだろう。

麗奈は、泣き出したいのか、逃げ出したいのか、どうしたいのか分からなかった。


それでも何とかしなければならないのだと思う。
それが自分の責任だと思う。


刺し違えてでも、止めなければ。
何とかできるのは、私しかいない。



「そんなに震えなくてもいい」


そう言って、辰巳は麗奈に近付こうとする。
麗奈は慌てて引き下がり、ほとんど叫ぶように言葉を投げつけていた。


「近付かないで!
それ以上近付くと、叫びます。
そこから動かないで!」


そう言うと、辰巳はじっと立ち止まって、冷め切った視線を寄越す。

何とも言い表せない表情をしていた。


彼は人か、否か。

人でなければ、吸血して殺すのだろうか。

彼は人ではないのか。
麗奈には人にしか見えない。

人でなければ、私は、今まで一体…


悲しい、と思う。
辛い、と思う。
しかしそれ以上に許せない気持ちがせり上がる。



「貴方は、何者なんですか」


「全て、理解したのかい?」


「答えてください。貴方は、何者?
人なのか、人ではないのか」



「それがそんなに重要かい?
君が触れた僕は暖かかったろう?
心臓の音も聞こえていただろう?
どこか問題でもあったかい?」



麗奈は睨み付けるように視線を投げ付ける。




「嬉しいよ、僕は」


「……貴方が、何を言っているのか、私には解らないです」



「そうかい?
僕は君の質問の内容が嬉しいんだよ。
僕が人かそうでないか?
そんなことが今の状況で本当に一番重要なことなんだろうか?
この村の人間が大勢殺されているのに?」


辰巳は口元を歪めながら言葉を続ける。


「…自分のためだけに君はそのことを知りたいんだ。
どうして知りたいか?」



「…意味が」


分からない。
そう言おうとして遮られる。


「それは君が僕に恋をしているからだ。
だから、君は僕が人間でないと困る。
恋ができない。
抱かれてはならない。
一緒にいてはならない。
君が一番に気になったのは、そこなんだよ」



「訳が解らない!
貴方は私を騙していたんでしょう!
何を言うんです!
そんな話をしているんじゃない!」



辰巳はそっとほくそ笑む。
どうしてそういう態度に出るのか。
訳が解らなくて、頭が混乱しそうだった。
冷静さを保てない。



「貴方は立場が分かっていない!」


「騙された、という言葉が出てくるのも、同じだ。
僕に騙されたのが気に食わないのも、君の気持ちが僕にあるからだ。
僕には君の考えていることが手に取るように分かる。
人間である僕に恋をして、抱かれて、愛した。
君はそう思いたい。
愛した僕から騙され、利用され、捨てられるのが、女として耐えられない」



「そういうことじゃ」



「それなら、君は、開口一番に僕に対して、節子さんを殺したことを責めるべきだった。
この村の人間を殺して回っているのを責めるべきだった。
でも、そうじゃなかった。
実際は君が気にしていたのは僕が人なのか。
本当に君は騙されていたのか。
今まで本当に愛されていたのではないのか。
全部利用されていたのか。
女として不幸な自分を君は嘆いたんだ。
村のことなどではない」


「なんで…そんな…はず…」


「大丈夫。
別に普通のことだと思うよ。
まだ、君は僕のことが好きで好きで堪らないんだね。
昨日の光景をその目では見ていないとは言え、話には聞いていたはずだ。
僕らのこともこの村で起こっていることもきちんと分かっている。
知らなかったでは済まされない。
そこまでは知らなかったでは通らない。
君は分かっている。
…それでも、君が気になるのは、君が」



「違う!!」


麗奈はもうほとんど叫び出していた。

その瞬間に十字架を取り出す。
金色のそれが揺らめいていた。
彼は明らかに動揺していた。

それを一瞬麗奈は悲しく思っていた。
それも確かだった。
きっと辰巳の言うことの半分でも、それ以下でも当たっていたんだろう。

どうして人ではないのだろう。
どうしてこんなにも心が砕けそうなほどに悲しいのだろう。

顔を見れば愛しさを確かに感じている。

どうして、こんな状況でも私は。

それでも否定をしなければ。

麗奈は一度歯を食いしばり、言葉を漏らす。




「……違いますよ。
貴方が人であるかどうか気にしたのは、こういうものが効くのかどうか知りたかったから。
今から、どうにかしなければならない相手のことは、分かっていないといけないから。
騙されていたのかどうか気にするのは、私が病院で働いているから。
私のせいで死んだ人がいるかもしれない。
それを私は責めていたから。
貴方が好きかどうかなんて全く関係ない」



麗奈は冷たく言い放っていた。
何故か冷静になっている自分がいた。

迫り来る死の感覚が私を冷静にさせるのだろうか。

暴かれた想いを全て自覚してしまえば、もう逃げも隠れもできないことに気がついたからだろうか。

きっとここで殺し合いになる。

人ではない彼に私は、敵うのだろうか。





「…そんな顔で、よく言えるね」


辰巳はそっと麗奈に一歩を踏み出した。

自分がどんな顔をしているのかそんなものはもう分からない。
悲しいのか辛いのか、その全てか。

逃げるわけにはいかない。


麗奈は握り締められた十字架を強く揺らした。
辰巳は微かに顔を顰める。
やはり効いていないわけじゃない。

麗奈は彼を睨んだ。


どうすればいいのかは少しも分からなかった。
捩じ伏せるのは簡単ではないだろう。
この十字架は彼を少し怯ませる程度の効力しかきっとない。
ここから追い出す程度の力しかないかもしれない。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ