Tatsumi Dream
□determination
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頭の中を様々な感情が駆け巡っていく。
私がここに立ち止まっていていいはずはない。
でもどうしても信じ切れない。
そんなはずはない、とここにきてもまだ私はそんなことを考えてしまっている。
あり得ない、とそう思ってしまう。
でも、心臓の鼓動は増すばかりだった。
収まる気配がない。
それはそのことを疑っているからというそんな生温くて半信半疑でいるような思いでいるからではない。
恐らくほぼ確信している。
それを分かっているから、だからこれほどまでに心臓が煩く胸を突くのだろう。
一体自分はどれだけの間そうしていたか分からない。
分からないけれど、どうしていいのかこんな状況であるにも関わらず判断が付かないでいた。
*****
尾崎医院。
2Fナースステーション。
辺りは暗く静まり返る。
異変はなかった。
それでも恐らく今夜も来るだろう。
何かが起こる。
そんな予感のようなものが確かにあった。
「麗奈さんはいないんだな」
「……ああ、そうだな。だがいなくていい。
今日は本当に何が起こるか分からない」
そう言って敏夫は息を吐く。
「…でも彼女が気が付くのも時間の問題だぞ、敏夫」
「…まさか」
「…いろいろ考えていると思う。
伝染病以外の可能性にも目を向けていた。
きっと気がつく。
できるだけ早く知らせなければ…」
「言うさ。これが終われば、彼女にも伝える。
信じるかどうかは分からんがな…」
「信じるだろう、お前のいうことなら」
「…そうかい」
そう言って敏夫は苦笑を零していた。
*****
麗奈は迷いを呈しながらも、このままではいけないと確かに思った。
そして、そのまま麗奈は家を飛び出していた。
このままではいけない。
よくないことが起こる。
尾崎医院で。
尾崎医院には、節子さんがいる。
先生も、若御院もいる。
今行かなければ、一生後悔するのは目に見えている。
麗奈は尾崎医院に向かって走り出していた。
*****
「・・・・・・やっと寝たようだね」
静信が静かに言葉を零す。
今はまだ何も起こってはいない。
おそらくこれから何かが起こる。
「連中の催眠術のようなやつが切れてきているらしい。
随分混乱していた」
おそらく安森節子は安森奈緒に襲われていた。
しかし、それを思い出させないようにしていた。
何らかの方法で。
それが切れかかっている今、奴らは節子さんをこのままにはしておかない。
そんな気がする。
「奈緒さん、今日も来るだろうか」
「さぁな」
敏夫は内心では来ると思っていたが、言葉ではとぼけるようにそう口にしていた。
来て欲しいわけがないのだ。
それでもおそらくは。
敏夫は外を確認するようにブラインドに手をかけて、外を窺うようにする。
しかし当たり前だが夜の闇で外が見通せるはずもない。
普通なら意味のない行為。
しかし、その目の前に何かが存在していたなら、見えるはず。
昨日のように。
安森奈緒がいたのならば。
それがまざまざと思い出されて背筋が冷えた。
「来る・・・とみて考えよう。
連中の弱点や何かがわかればいいんだが」
「そういえば思い出したんだけど吸血鬼の伝説にはこういうものもあるよ」
静信は敏夫の問いに答えるようにゆっくりと口にする。
「・・・吸血鬼は招待されないと家に入れない」
「招待?」
「つまり、うちに遊びにきてください、とかそういう招待だ。
招いた家は吸血鬼に"開かれた家"になってしまう」
「そういえば聞いたことがあるな・・・」
吸血鬼の伝説など人が作った勝手な創作だと静信は言っていたが、もしその招待の話が創作ではなく、真実だとしたならば奴らは本当にここには入ってこられないのではないのか。
「もしそうなら安心なんだがな」
「そうだな・・・」
静信が頷いたと分かったその瞬間だった。
ふっと明かりはいきなり落とされる。
何の前触れもなかった。
突然辺りは真暗な闇に染まっていた。
*****
麗奈は、そのときまさに尾崎医院に辿り着き、中まで入り込んでいた。
廊下を歩いている時、突然辺りが異様な空気に包まれる。
元々2Fナースステーション以外は暗かったから、起こった異変については分かっていない。
それでも、何と無く雰囲気が重苦しくなったように感じた。
漏れて来る明かりも心なしか減っているような気がした。
不安で堪らない。
皆が無事であることを確認しなければ。
麗奈の体中は震え出しそうになる。
恐ろしい。
恐ろしくて堪らない。
この身に降りかかる恐怖と、そして何が起こるか分からないその未知の恐怖。
敵うのか。
私などが。
そう思うと恐ろしくて堪らない。
そのとき、背後を滑るような何者かの気配がした。
体中が総毛立つ。
振り返れない。
そして背後の気配もそっと立ち止まる。
私を凝視している。
それが分かった。
何も武器らしいものなど持たずにここまで来てしまった。
先生や、若御院とは到底思えない。
この感覚に覚えがあった。
息もできないほどの圧迫感。
近付いて来る気配を確かに感じる。
体が金縛りを起こしたようにやはり振り返れない。
そのまま小刻みに震え出す。
「・・・・・・・・・全く君は・・・
・・・・・・いや、君らしい、ということなんだろう・・・」
その瞬間に、意識は遠ざかる。
身体はその場に崩れ落ちる。
鋭い衝撃が脳天を駆け巡る。
視界もグニャリと歪む。
はっきりと見通せない。
いつも見る、青と金色と。
煌めいて見える。
それがこの闇の中でも見えた、そんな気がしたのと、まだ殺せない、とそんな声が耳に響き脳髄までも揺らした。
そんな気がしてそのままゆっくりと目を閉じた。