Tatsumi Dream

□fear
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若御院と別れて家に帰り着くとすぐに用意を済ませて尾崎医院に向かっていた。


そのまま先生と律子さんと入れ替わりで節子さんの病室に訪れていた。
勿論先生がいないときを見計らって病室にやって来ていた。
先生がいては満足に会話もできないだろうから。

止められるか嫌な顔をされるか、少なくともそのままではいさせてくれないだろう。


「節子さん、おはようございます」


「あら、おはよう。
麗奈ちゃんまで来てくれたの。
さっきまで若先生と律ちゃんもいてくれて…
ありがとう。嬉しいわ。
本当いろんな人に迷惑を掛けてしまって…駄目よね」


「とんでもないですよ。
でも、今日はたくさんお食事されたんですね。いいことですよ」


「ええ。
漸く食欲も戻ってきていて…
本当よかったわ」


「……ええ。そうですね。
早くお元気になられて徳次郎さんを安心させてあげなくてはね」


「…ええ。本当にね」


節子さんは少し微笑むようにして口元に手を当てていた。
本当に目に見えて病状は良くなっている。

間違いなく今までとは異なった経過を辿っている。


このままいけば節子さんは助かる。


確かにそう感じていた。


「……そういえば…節子さん。
昨日もよく眠られていましたね」


「…そうなのよね。よく眠れたと思うわ」


「…そ、うですか…
そ、れで……
昨日は、何か、ございましたか?
夜…なんですけど…」


内心落ち着かない気持ちでそう自然な風を装って訊ねていた。

まるで仕事をするように節子さんの食べ終わった後の食器を重ねていく。

でも耳は節子さんの一言一句を聞き逃すことはない。



昨日の夜何があったのか。



節子さんはその場にいた。
先生と若御院と。
間違いなく何かあった。

何かを隠している。


若御院もそう言った。

先生に任せる、と。
確かにそうは言ってくれたが待てない。


どうしてかこのままでいてはいけない。

何とか少しでも早く確認しておく必要がある。
そうしなければ手遅れになる。

そう感じて仕方なかった。


「……夜…?」


「…はい…昨夜、です。
何か、お変わりはありませんでしたか?
いつもと……少しでも何か……」


節子さんは私の問いに首を傾ける。
でも少し不安そうにしているのがすぐに分かった。

自分自身なにを聞いているのだろう、とそう思った。


看護師が患者を不安にさせるなんて、そんなのはあってはならないことだ。

ただでさえ体は弱っていて、これは死の病であるのに。
患者の不安を煽るなんて問題外だ。


「あ、ああ…えと…いえ…
本当に節子さん、お元気になられて、よかったので…
ね、本当に……よかったです」


本当にとんでもないことをしてしまったと感じていた。

どうかしている。
そのことに血の気が引いていた。


「…先生や麗奈ちゃんのお陰だと思うわ。
本当にありがとうね」


「そんなことはないんですよ。
節子さんが頑張っているからです」


本当に何をしているのだろう、と思った。

自分の心の不安定さが洩れる。
看護師失格だ。
しっかりしなくては。

このままではいられない。

ちらと棚の上の写真を見る。
節子さんにはもう徳次郎さんしかいない。
皆亡くなってしまった。




まるで次々と引いていくかのように。




そう思った瞬間にぞくりと肩が震えていた。

そんな考え方はどうかしている。
現に節子さんは回復傾向にある。
入院させたことがよかったのか、どうなのかは分からないが節子さんは今のところ死ぬはずもない。
あり得ない。

今までの症例を考えても今と比べてどこに変化があったかなど、やはり入院以外にない。
それ以外に別段違いはないはずだ。


「………奈緒ちゃん………」


唐突に節子さんが棚に置いてあった写真を見てそう呟いていた。


「…え?」


「…いいえ。何でも、ないわ」


「そうですか…?」


私は妙な気持ちでそう口にしていた。

どうしてこうも不安になるのか。

今まで起こっていたことの一つ一つがバラバラと溢れてはまた乱雑さを増して頭の中を滅茶苦茶に掻き乱す。


見落としが多い。
一見関係のないようなことが、絡み合っていて。


「ええ。何でもないわ。
本当に早くしっかりして元気にならなくてはね。本当に…」


「はい。そうですよ、節子さん。頑張りましょうね」


それだけを言って食器の載ったトレーを持ち上げる。

そのまま病室を後にする。

何も分からなかった。
頭の中の靄は増すばかりではっきりとはしなかった。
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