Tatsumi Dream

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私は喪服に身を包んでいた。

律子さんと一緒だった。


一体この村で何度葬式があっただろう。


もうそれはきっと簡単に数えられるような数ではない。


もう頭の中だけでは把握してはいられない。

それほどにこの村の死は増え続け、膨大な数となり、それが村を奇怪に覆い込んでいた。

この場所に、この村の住人に、まるで逃げ場などないと表すかのように。


包囲され尽くしてしまったかのようだった。





私はほんの一週間前に彼に会っていたのに。


どうして今こんなことになっているのか分からなかった。


黒い服に袖を通して。



あの頃の彼はとても元気だったのに。
ぱぁっと周りを明るくするその雰囲気。

話した内容も私ははっきりと覚えている。


そっと心臓あたりを押さえる。
鈍い痛みを感じるようだった。

強く直接に握られてしまったかのように感じていた。










ほんの一週間前。

尾崎医院からの帰り道だった。
広がって行く死を当然のように無視はできなくなっていた。

それでも絡め取られてしまったかのように、身動きが効かない。

そんな日だった。
酷く疲れてしまっていた。

たぶんみんなそうだったと思う。


そんな日だったのにそれなのに一人の人にとても癒されて励まされたことがあった。

夕方の時間はもうすでに過ぎていたが、まだ宵闇はそう広がっていなかった。



「あ、麗奈さん、こんばんは」


そのとき、道中で声を掛けられていた。

麗奈は顔を上げてその人を見る。


「こんばんは、えーっと…確か…」


誰だったか、と思いながら、何度か見たことがあるのは分かっていて、記憶を探る。


「武藤さんところの…」


「徹です」


「ああ、えっと徹くん、ごめんね、ど忘れしてて…」


彼の気にしていないという風な、にこっと明るくて爽やかな笑顔にはほっとさせられて、麗奈も吊られて笑顔を零す。

村はまだまだ生きている。

そう思わせられた。


この村に受け入れてもらった自分が立ち止まるわけにはいかない。


「いえ。お疲れ様です」


「…ありがとう、徹くん」


「最近忙しいみたいですよね、えっと…」


「…うん、まぁ…そうかもしれないね」


こんなに若い子もこの村の異変には気付いてるんだと思うと少し複雑に思う。

これだけ若ければ、夢見る未来がまだまだ広がっているのに、こんな恐怖に晒されて、それでいて実際は自分がまさか死ぬわけがないと思う。

人など得てして誰でもそういう風に思うもので、私ですらまさか自分がそうなって死ぬはずがないなんて思っている。


人はいずれ死ぬものであって。
そんな保証などどこにもありはしなかったのに。

どこまでも甘い。


「律ちゃんは、まだ」


「え?」


「まだ尾崎医院ですか」


麗奈はきょとんと首を傾けて、無遠慮に徹の顔をじっと見て、その後得心がいったように、にこりと笑みを零していた。

微笑ましいな、なんて思いながら、笑ってしまっていた。

徹くんの顔は少しばつが悪そうに顰め面になる。


心から村の平和を早く取り戻したいと思う。

そうして麗奈は柔らかく笑む。


「うーん…もうすぐ出るんじゃないかなぁ」


歩いていた道中を振り返る。

尾崎医院はまだ目に見える距離にある。
律子さんはまだ尾崎医院だろうと思う。

今日は私の方が先に尾崎医院を後にしたから。


「いいね、青春!若いって羨ましいなぁ」


「麗奈さんだって若いですよ」


「そうかなぁ、もう年々年取るの嫌にもなってくるんだよ、この年になると、ね」


「いえ、まだまだ若いですよ」


麗奈はありがと、と返して笑みを零す。

どこか癒される思いがする。


「道中危ないと思うから、律子さんに出会ったら家まで無事に送り届けて上げてね、徹くん」


この村に何の危険があるのだろうと思いながら、麗奈はどうしてか自然とそう言葉を紡いでいた。


徹くんは途端に頬を微かに赤くするから微笑ましくて仕方なかった。

それで内側に湧きそうになった思いは消えていく。


「あ、はい」


「恋せよ、青少年〜」


麗奈は軽快に笑って、手を上げて、そのまま徹を見れば、やっぱり複雑そうだった。


先生には律子さんがいいんじゃないかなと思っていたのに、まさかこんなに若い子が戦線に現れるとは思わなくて少し意外に思う。


隣に並んだら意外と絵になるような気がして、やっぱり微笑ましく思う。


「律子さんって、いい人だよね、私も好きだなぁ。
ライバルも多そうだから頑張ってね、徹くん」


「あー…はい。
あの、麗奈さんえっと、誰にも」


「言わないよーそんな野暮はしないから。
私も好きな人いるし、気持ち分かるよ。
お互い頑張ろうね」


徹くんにそう返せば、意外そうな顔をされて、私は笑うしかなかった。


「それじゃ、気を付けてね」


「はい、それじゃ」


手を軽く振って、そのまま離れていく。

それだけだった。




それ以来、もう二度と会えなくなるなんて思わなかった。


生きた彼には、もう二度と。










今この場所で会えるのは亡くなってしまった彼の亡骸だけ。
彼の姿ではない、そんな気がしてしまうほどに違っている。

生前のあの笑顔が当然なのだが今はもうどう見ても窺うことはできない。


その笑顔は遺影だけに写されるものなのだろうか、とそう思った。



彼自身は別のものになったかのようだった。


魂の宿らないその姿は本当にこの世に無くなってしまったのだと感じて仕方なかった。




心臓あたりが煩く騒付いている。

遣る瀬無さが心を侵食していく。


この村で起こっていることを早くどうにかしなければ、と麗奈は強迫観念に駈られたように感じてしまっていた。





「律子さん、大丈夫ですか…」


麗奈は隣にいる律子のことが心配になってそう声を掛ける。

顔色がよくない。
体調もよくなさそうだった。

そのことが気になる。


村の死は誰にでも起こり得ることなのだと実感はする。

もう他人事ではいられないのだと思う。


「大丈夫…麗奈ちゃん、ごめんね…」


いえ、と麗奈は聞こえるか聞こえないかくらいの声で返事を返す。

悔しい、とそう思った。

二人は最近までは比較的親しくしていたはずなのに。


遣る瀬無い思いが心中を渦巻きながら、どう言えばいいのか分からなかった。

何もできない自分に腹が立つ。
いつもこうだ。

誰かの力になりたいのに。



心臓辺りの違和感はどうやっても消えなくて、少しの間落ち着けるようにぎゅっと押さえていた。



参列客に並んで順に焼香をして、それから徹くんに会わせてもらった。

少し前に元気な彼に会ったばかりだったのに。
律子さんも酷く辛そうだった。

律子さんは優しい人だから、若くてそして親しくしていた人を亡くすのは辛いことなのだと思う。



徹くんの想いを知っていたから、余計に私は遣る瀬無くなる。

若かったのに。

自分などよりも若くて、これから先、もっといろんな経験をしていけたのに。

もっともっと生きていたかったと思う。

それは死んでいった皆に言えることだろうと思う。



その全ての想いは霧散して消えてなくなって、叶わなかった。

その年で死ぬことを考えたことなどなかったと思う。

私も思わなかったし、家族だって勿論そうだったはずだ。


これだけの数の人が死んだところで、やっぱり自分のこととしては捉えられない。

だからそのときになって後悔してしまう。

周りの者は、皆そうだったと思う。


どうしてあのとき、とそう思ってしまうのが一番どうしようも無いことで、本当に辛いことなのだと理解していた。









「…律子さん…お辛いですよね。徹くんとは親しかったようですし…」


「…麗奈ちゃん。
ええ。少し…ね…でも、大丈夫だから」


「…はい…」


「…特別に親しかったわけじゃないと思うんだけど…
でも徹くんとは車の運転の練習に付き合ったり、いろいろあったから…」


「はい、分かります。
でも本当に親しかったんだと思いますよ。
ですから、辛くて当然です、律子さん。
看護師だから人の死に慣れるわけじゃ絶対にありませんし、だからこそ看護師になったんでしょう。
誰かの力になりたくて…
私も、今の状況が悲しくて悔しくて仕方ないですよ。
…あんなに若い人が…」


「…そう、よね…」


「…はい」


まだまだ終わらない。

きっと続いて行く。

ここで食い止めなければ、そうしなければこの村は。


それでも今だけは。


「今は悲しんでください、律子さん。
感情を押し殺したりしないで」


彼は律子さんのことが好きだった。

きっと心から好きだったのだと思うのに。

だからこそ、律子さんには悲しんでほしい。
彼のためにも。

お別れはちゃんとしてほしいと思う。
惜しんで、悲しんで、泣いて。
人の死とは失われてしまうこと。

だから、生きているものが覚えていてほしいと思う。


そして、かけがえないその命を散らしても、彼の思いだけは私が知っている。



とても遣る瀬無い。

人が死んでいく今の状況をどうすることもできないことが、それが悲しくて苦しい。

何のために看護師になったのか。


きっとこの状況を何とかしたいとそう思うのに。


どうすればいいのかが分からなかった。


それでも諦めるわけにはいかないから。

律子さんは小さく頷いてくれていた。


「……律子さん、私、この村が好きですから」


だから、まだまだ諦めることはない。

慰めるように律子さんの肩に触れる。


「…ありがとう、麗奈ちゃん。
…私もこの村が好きだから。そう言ってくれるのが嬉しい」


「…はい。私も、そう言ってもらえると嬉しいです」


どうにか突破口を開く必要がある。

勿論先生が諦めるはずもない。


雁字搦めに囚われても、まだできることがある。
考えられる頭がある。

強く決意を新たにする。


抑えられないほどに膨大になっていくその死。


人はいつの時代もそれに抗うもの。
害なすものを抑えて生きていくもの。

だから今この歴史が紡がれていく。


抵抗し、突破するもの。
乗り越えられるもの。


そう思っていた。
ずっとそう思っていた。


だから前を向けるとそう信じていた。
このときは、まだ。
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