Tatsumi Dream
□feeling
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死者は19人になっていた。
止まる気配は見られない。
このまま放置は当然しておけないが、原因がさっぱり分からなかった。
医者や看護師としてのこのままでのアプローチは良くないかもしれない。
雁字搦めにされてしまったかのように感じて仕方なかった。
「もう皆に隠しておけないな」
「…はい」
先生の疲労が気になって仕方ない。
私も連日調べるための徹夜はしていたのだが、それも八方塞がりにされているように感じられていた。
先生の疲労に比べれば、こんなのはどうってことないと言える。
患者の診察をしているのは先生だ。
精神的に辛いのは先生の方が上だ。
それが心配で仕方なかった。
奥さんはやはり帰って来ないから。
深く息を吐いていた。
「今日ミーティングするから皆を集めてくれるか」
「はい、分かりました」
頭を下げて先生の下を離れていた。
ミーティングは滞りなく行われた。
皆が勘付いていたからか、意見が飛ぶが、その内容もほとんど麗奈とは確認していたことだった。
改めるまでもないことだったが、それでも皆が力になってくれるはずだった。
それでいい。
皆優秀だ。
患者の兆候を自分が逃さずにいれば、きっと突破口は開かれる。
麗奈はやはり真面目そうに皆の話を聞いて、メモを取っていた。
きっと彼女も連日寝不足には違いないのに、そんな素振りは自分の前では少しも見せない。
服装も髪型も化粧もきっちりしてきて、自分とは大違いだと思った。
たまには気を抜いてほしいとも思うが、彼女はきっと誰の前でもリラックスできていないのでは、とそう思った。
どうしてか彼女は自分を尊敬しているような、そんな目を向けてくるから。
少し居心地が悪くなるほどの感情を覚える。
確かにここに麗奈を呼び寄せたのは自分だが、ここまで感謝されなくても、とそう思ってしまう。
麗奈ならばどこでだってやっていけたはず。
ここまで勉強熱心ならば、資格なりを取って、もっと上を目指せるだろう、そう思った。
今も麗奈は遅くまで残って、自分を手伝ってくれていた。
珈琲を入れるために席を離れているが、いつも一生懸命だった。
自分も気を抜けない。
麗奈が戻ってきて、ことりと目の前に珈琲を置いてくれて、麗奈も椅子に座り込んで、何やら眺めているようだった。
「何読んでるんだ?」
「あ、ええ。英語の論文を少し」
気恥ずかしそうに麗奈はそう言っていた。
まさかそんなものにまで手を付けているとは思わなかった。
「少し八方塞がりな感じを覚えたので」
「英語は辛いだろう」
「…まぁ。でも、他に何も思いつかなくて…
駄目ですね、本当。
お役に立てなくて…」
「いや。本当に君には救われているよ。
ありがとう」
どこか自分まで気恥ずかしくて、珈琲のカップに手を付ける。
ここで初めて香りが違うことに気が付いて、目を丸くする。
気付くのが遅すぎたと後悔するほどだった。
「…麗奈ちゃん、これ」
「あ、分かりました?豆を挽いて珈琲入れてみたんですよ」
麗奈は愛想良くにこりと笑ってみせていた。
疲れは浮かばない、そんな笑顔には本当に癒されてしまう。
「さすがに美味いな、インスタントとは違う」
「…それはよかったです。時間がないとどうにも中々出来ませんけど、たまには本格的な珈琲もいいですよね」
「…ああ」
これも麗奈の気遣いだろうと思うとそれが嬉しかった。
眠気覚ましになるし、適度なカフェインの摂取は疲れを一時忘れさせてくれる。
この香りも、身体を癒す。
何より考えてくれている麗奈の思いやりが何より嬉しいと思う。
尾崎医院にはインスタント珈琲しか置いていないから、これは全て麗奈の持参だろう。
珈琲メーカーを置いてもいいかもしれない、とそんな風に思った。
「……なぁ、麗奈ちゃん。
ここのスタッフに腹立たないのか」
「…え?どうしてですか?」
麗奈はきょとんと首を傾けて、手に持っていた論文のコピーから顔を上げた。
「……いや」
麗奈の反応を見ると、何も言えなくなって、苦笑を零してしまう。
これは全てで、麗奈自身なのだろう。
この思い遣りも、全部麗奈が自然と行っていることなのだ。
誰かに対して何かを思うことなど、彼女の中では思い浮かばない。
ただ自分が正しいと思ったことをしていくまで。
優しい娘だと、そう思った。
だからこそ巻き込まれてしまうのだろうか。
誰かの想いに聡くて、それを察知して、動いてしまう。
だから、悪いことにもいいことにも巻き込まれてしまう。
そんな気がして遣る瀬無かった。
「…君以上にこんなにも考えてくれる者はいないってことだ」
「そんなことは、ありません。
みなさん考えています。
自分たちが暮らす村なんですから、心配して、すごく考えているはずですよ。
精一杯努力しています」
「でも、君は本当に優秀だ。
ここまで、気が付ける者はそういない。
こんなに調べて、毎日のようにレポートに纏めてきてくれて、そこまでする者はいない。
君ほどにはどうやっても、できていない」
「…私は、大したことはありません。
調べるっていっても結局先生の手を煩わせてはいますし…
かなり的外れでもあると自分でも分かっています。
……でも、サポートしたいんです。
こんなことくらいしか思いつけないですけど、それでも何かできればって。
できることは何でもしたい。
思いつくことは片っ端にしてみるつもりです。
先生に頼りっきりはよくないですから、私にも何か…
できることはなんでもします。
……でも…確かに皆さん、先生に頼りすぎな気がしますね、少し、そんな風には、思います」
「…そうか」
「はい。このままでは、どうなるのか分かりませんよね。
原因はまだ分からないままですし、少し考え方を変えたいです。
既存の感染症ではないことはもうほぼ決まりでしょう?
…なら、薬物とか…
突拍子もないことかもしれませんけど…」
本当にいろいろ考えてくれているのだ、とそう思った。
麗奈は考え込むように顎に手を当てて、目線をテーブルの上に落とす。
それでも何も思い浮かばないようで、その表情は曇っていく。
「…ねぇ、先生…
このままなら…村はどうなるんでしょう?」
不安そうな声に目を細めた。
その表情はどこか不安を通り越して、悲痛そうだった。
麗奈にとってはまだ日の浅い土地でしかない、こんな村を心から案じているようだった。
ここに住む者全てのことを考えている。
「…もしかしたら、国に預けるしかないのかもしれないな」
「…でも、そうなったら、ここの村はどうなるんですか?
住んでる人も多いし、きっと、未知の病原体ということになれば、感染していないと分かるまで拘束されちゃいますよね。
この土地も封鎖されるかも…
当然尾崎医院も、なくなっちゃいますよね?」
その通りだと思った。
それが一番恐ろしいことには違いなかった。
今はただ頷くしかない、そう思った。
「…そうかもしれない。
そうならないように頑張ろう」
「はい。私たちにもまだまだできることはあります。
確認しなくちゃいけないこともたくさんありますから。
…私、全力でサポートします!」
ここまで考えてくれている者はそういないと改めて実感した。
この病気が露見すれば、確かにこの土地は封鎖され、皆が散り散りばらばらになりかねない。
事実上、外場村は消滅する。
ここにいる自分の存在意義も、全て。
綺麗になくなってしまうかもしれない。
ここで築いてきたもの、全てを。