Tatsumi Dream

□two person
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「お目通しよろしくお願いします!」


そう言って纏めてきたレポートを先生に両手で持って差し出しながら頭を下げた。

先生は驚いた表情をしていた。

驚くのも当たり前だろうとは思う。


作成してきたレポートの題名は"血液疾患ついて"だった。
それでも、これだけ調べたところで結局は分からなかった。

だから貧血を呈する病気を調べ上げて、主に血液の疾患を纏め上げてみたまでだ。


看護師としてはもうこれが精一杯だった。

先生の知識に及ぶはずもないから。


先生の意見がほしい。


どう考えてもどの疾患もあり得ない気がする。
どの感染症も合わない。


否定されてしまう。

その感染力も致死率も、既存の病気には当て嵌まらない。

皆で話し合うべきだし、このままでは政府の要請が必要になるかもしれない。

このまま沈静化しなければ。

死者の数はもっと増えていく気がした。


「それでは、お願いしますね!」


ぴしりとそう言って敬礼をし、先生に明るく声を掛け、レポートを受け取ってもらうと、そのまま踵を返していた。


私は本気だ。

それさえ知ってもらえれば今はそれでいい。















敏夫はぱらぱらと麗奈に渡されたレポートを確認していた。

よく調べてある。

丁寧にパソコン打ちされて、表などで綺麗に纏めてある。


どうしてもそれが滑稽に感じられて口元が弧を描いていくのを止められない。


さすがだ。
こんなところで燻らせておくにはやはり勿体無い人材だ。


自分でも一通り調べた内容ではあるが、麗奈はそれを分かりやすく表に纏めてあった。


自分への気遣いだろう。
本当に勿体無いほどの看護師だ。


こんな場所で働かせておくのは本当に勿体無い。


深く息を吐いた。


「敏夫、それは?」


じっと何も言わずに自分を観察するようにしていた静信が、自分が一通りそのレポート内容を確認したことを見とって、話しかけてくる。

空気を読んでくれたらしかった。


苦笑して返す。


「…うちの看護師が少しな」


やはり笑えてくる。

あの娘には驚かされてばかりだ。


「……」


「今回のことに気が付いてこれだけ調べ上げてきてくれたんだ。
本当に大した娘だよ」


静信にそのレポートを手渡しながら、煙草に火を付けた。


静信は訝るようにしながら、そのレポートを受け取る。


「なるほどな」


静信もぱらぱらとそれを確認しながら、微笑ましそうに頬を緩める。

そのレポートは素人目にも分かりやすく纏めてある。

さすがだ。


そう思うが、それでもどこか"良くできました"と褒めてやりたくなる。

どこか微笑ましく思ってしまうのは、麗奈のことをそんな風に思ってしまっているからだろうか。


保護者面をするつもりはなかったが、何時の間にか目を掛けていた。


呼び寄せたのは自分だから責任も義務もあったからだが。


敏夫は煙草の煙を吐き出して息を吐く。


「麗奈さんか」


「ああ」


「大した娘さんだな。まだ若いのに」


「この病院で一番しっかりしてるかもしれんな。
本当に、この件には巻き込むつもりはなかったんだが」


「それでもここで働くなら」


「…いや。確かにこれからも働かせるなら無関係じゃないがな。
でもな、俺はただリハビリのつもりだったんだ。
ここで看護師としてのやる気を取り戻せれば都会に返してやるつもりだった。
…家族も置いてきてここに来たんだからな。
まぁそれにしてはずるずるとしすぎた感はあるが…」


ふぅと煙を吐き出す。
その白い靄は高く登っていく。

だから麗奈にはこのことについて巻き込む気はなかった。


この土地から離れてしまえば関係もなくなる。

このことを知らずに離れれば、麗奈も気にすることはないだろう。


「あの娘ならどこでもやっていける。
今までは運が悪かっただけなんだ。
ここにいても仕方ない。
これが切っ掛けになるかもしれないとは思わなかったが、元々都会の知り合いの医者には連絡を付けていたんだ。
それがいつになるかは分からなかったがもう潮時かもな…
こんなところで燻らせておくのは本当に勿体無い。
もっと上を目指せる」


「そうなんだろうね。
お前は麗奈さんをよく褒めるから」


「本当に大した奴なんだ。
あんなことさえなければな」


「医療訴訟か…」


「これからだってそうそう巻き込まれるもんじゃない。
この件は麗奈ちゃんが悪いんじゃないんだからな」


それでもここに呼ぶときは確かに苦労した。

村の見る目はあったし、孝江もかなり嫌がった。


スタッフに関してはそう何も言わなかったのだが。


それでも今では麗奈はこの村に馴染んでみせた。

思ったより早かった。

それは麗奈の人となりや、その看護師としての心意気のためだろう。

麗奈自身の力だ。

この村の住人皆を気遣って、丁寧に接して、何時の間にやら受け入れられていたのだ。

麗奈だからこそ、乗り越えられた。
リハビリというならもう終わっていたのだ。

それでもどこか手放し難くなるほどに優秀だった。


一緒に働くうちに麗奈の潜在能力を理解した。

やる気も知識も体力もある。


本当にあんなことさえなければ、そのまま看護師として飛躍できていただろう。

そう思うから。


「麗奈に自分で選ばせてやるか。
俺としては都会に戻ってほしいという気持ちが強いんだがな」


それでもこのことを知ってしまった今となっては麗奈は残ると言うだろう。

向こうからの要請は蹴ってしまう、そんな気がした。


「どうだろうね。あの子の敏夫を見る目はかなり変わってるから」


「そう言うな」


「尊敬の眼差しだ。おかしいくらいにね」


「何か勘違いしてるんだろう。
命の恩人くらいにも思っていそうだな」


敏夫はおかしそうに笑ってしまっていた。

肩を揺らして、煙草に口を付ける。




この状況は確かに異常だ。
この村とは関係のない彼女を遠ざけられればとも思っていたが、彼女はそんなことをやはり望まないだろう。

それに自分も手放したいとは思っていない。


それでも、戻してやるタイミングを見誤ったかもしれないとは確かに思っていたのだ。

ここで一生働かせるつもりはなかったのだと言い訳のようにただ頭の中を巡っていた。















「若御院、お久しぶりです」


丁寧に頭を下げて、柔らかな笑顔を向けて例の彼女が自分の元へやって来た。

用は何となく分かる気がした。


きっと疫病関連のことに違いない。


「お久しぶりですね、麗奈さん」


にこりと向けられる笑顔はどこかほっとしてしまうものがある。

村人は皆この笑顔に安心してしまうことだろう。


その笑顔には彼女の内面がありありと現れていた。


その優しさも、暖かさも全てその笑顔から垣間見られる。


「若御院、お伺いしてもよろしいでしょうか」


「僕に答えられることならなんでも」


「秘密は必ず守ります。
信用してください」


僕はただ麗奈さんに頷いてみせていた。


「……今回のことで少し。
若御院は先生と話し合われているんですよね」


「まあそうだね」


「去年の死亡者が何人だったか覚えていらっしゃいます?」


「確か、4人だったはずだよ。
それでも檀家ではないところの家のことまでは分からないのだけどね」


「いえ。十分ですよ。
やっぱり異常ですよね?」


「そうだね。おかしいと思う」


麗奈さんは暫らく考え込むようにしてから、勢いよく顔を上げていた。

その瞳は蘭々と輝いている。

麗奈さんのポテンシャルは測れない。


「若御院、やっぱり、私も加えてください!先生を私も支えたいんです!
お願いします!
私も仲間に入れて、」


「こら!」


何時の間にやらやって来た敏夫が麗奈さんの頭を叩いていた。

麗奈さんはすぐさま振り返って、頭をさする。


麗奈さんは涙目になっていて、敏夫は顔を顰めていた。


「静信を困らせるな」


「あ、若御院すみません、困ってましたか、ごめんなさい」


「いや、困ってはいないよ」


「少しは困れよ、お前」


敏夫は盛大に息を吐いて、例のレポートを麗奈さんに返していた。


「…あ。お役に立てませんでしたか」


麗奈はしゅんと頭を垂れる。

こんな彼女を放置しておけるほど敏夫も鬼ではないはずだ。


「ちゃんと中まで見ろ。採点してやったから」


「へ?」


麗奈さんはきょとんと首を傾けていた。

敏夫は苦笑を零す。


「見てみろよ」


敏夫が麗奈さんを促して、麗奈さんはこくりと頷くと、ぱらぱらとレポートを捲っていく。


最後のページらしきところで麗奈さんの瞳はまたもや輝き出していた。


見ていて微笑ましい光景だった。


麗奈さんは敏夫を心から慕っているらしい。


「合格ですか!先生!」


麗奈さんは嬉しそうに笑って、レポート用紙を握り締めていた。


「そのレポートは85点だ」


「はい」


「まあ、合格だよ」


そのレポート用紙には点数が書かれて、"合格"と記してあった。

本当に先生と生徒のように見えていた。


「でもな、麗奈ちゃん。
俺の知り合いに優秀な看護師がほしいって医者がいるんだが」


「え?こんなタイミングで私を追い出すんですか?」


「追い出すって…」


「嫌ですよ、それがどんなに素晴らしい医者なのだとしても、私にとっては先生以上はいませんから、だから私はここにいます」


「麗奈さんは敏夫を尊敬しているんだね」


「はい!尊敬してます、お慕いしてます。私は先生が好きです」


「……」


「敏夫が照れるなんて珍しいな」


「お前な、静信、ふざけるなよ」


「先生、照れてるんですか」


「照れていない」


「お願いします、私も混ぜてください」


「分かった分かった。仕方ないな。
取り敢えず、好きにすればいいから」


「はい、頑張りますから、私」


そうやって明るく笑顔を振りまく。

その姿はやはり癒される思いがしていた。
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