Tatsumi Dream

□in love?
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「お久しぶりです、大川さん」


大川酒店の門扉を遠慮なく開いて中に入り込む。
ここではお酒を飲めるようにもなっている。

週末の夜だからかそこそこ人が入っており、客同士が酒を酌み交わしていた。

大川さんは客の相手をそこそこにしつつ、こちらを見て、笑顔を作った。


「麗奈さん、久々だねぇ」


「おお、麗奈さんかい」


大川さんが私に声を掛け、気付いた他の者も声を掛けてくる。

皆人懐っこい人ばかりだ。

お酒が入っているからか尚更そうだった。


村外からの"転入組"に当たる私にも親切だった。

初めこそいろいろあったが、今ではこの村にも馴染めるようになったと思う。


それもこんな場所に普段から出入りしているせいもあるかもしれない。

それでも夜遅くでもこの店なら安心してお酒が飲める。


一人暮らしでも寂しくはない。


お酒が好きなこともあって、ここにはたまに来るのだった。


「本当、不良看護婦だなぁ、麗奈ちゃん」


そうほろ酔い状態の顔見知りの村人にそんな風に言われてしまうと苦笑するしかない。

その通りだと思う。

自分は、尾崎医院の看護師をしている。
まだ二年目だったが、尾崎医院での仕事にも大分慣れた。


職場の人間関係にも文句はない。

やり甲斐も感じられるし、"若先生"と呼ばれるあの人好きのする先生にも心底惚れ込んでいた。


あの人が結婚さえしていなければ少しそういう余計なことも考えてしまっていたかもしれない。


今は外場村に住んでいて、その家は借家だったが、それも先生の口添えがあって安くで借りられている。

それでも少し一人暮らしが寂しくなったときは、ふらふらとこちらにやって来る。


家の方に律子さんや雪ちゃんたちを呼ぶこともあるが、それもいつもいつもできるものではない。

皆にも皆の生活があるから。

それに村の住人の生活を窺い知れるこの場所が好きだった。


噂話を耳にするのも。

看護師として頼りにされることも。


これが天職で、本当にいい場所で働けていると思うから。


この仕事が、この村が、自分には合っているようでそれが本当に好きだった。


「たまにはお酒も飲みたくなるんですよー」


「そうだねぇ、いつも世話になってて。
仕事も大変だろうから」


「いえいえ、皆さんによくしてもらって仕事はやり甲斐もあって楽しいですよ。
何かあったら相談にもいつでも乗りますからお気軽にどうぞ」


私がまだ若いからか、皆が声を掛けて構ってくれる。
気に掛けてくれているらしかった。


しかし、それもあの先生のお陰だろうか。


あの人は"不良医師"なんて呼ばれてはいるが、村人には慕われている。

その理由もよく分かる。
軽口を叩いてすぐに他の看護師や職員には窘められてはいるのだが。

それでも親しみやすい医者だと思う。


こんな医師が増えてくれれば、とそんな風に思う。

下で働かせてもらうには、本当にああいう人がいいと心から思う。


「あんまり酒飲むなよ、麗奈ちゃん」


「小池さんこそ。
それに私はまだまだ若いですからね。
皆さんが飲み過ぎないように見張ってますからね、その意味もあるんですから」


そんな風に笑いながら言うと、ああ恐い、とそんな言葉が返ってくる。


さらに言葉を返しながら、空いている席に座ろうと辺りを見回すと、いつもと大きく違っている光景がそこにはあることに気が付いて目を丸くしていた。


好奇心は確かにあった。

私はよくも悪くもこの村に影響されっぱなしらしい。


「隣、いいですか」


ここでは今までかつて見たこともない人が座っていた。

初めてまともに見た。

他の者たちも興味津々といった様子で、見てきて、きっと今までずっとこの人と皆は話していたのではないだろうか、と思った。


今の外場に関する噂の中心人物はこの人たちだ。


兼正の。

確か、桐敷と言ったか。


「ええ、どうぞ」


思った以上に柔らかな笑顔で返事を返されて、一瞬言葉に詰まった。

瞬間胸がどきりとしていた。


何故こんなにも反応してしまったのかさっぱり分からなかった。


「ええっと、兼正の人ですよね。
桐敷さん?でよかったですか」


その人は苦笑を零しながら、首を振る。


「いえ、僕は桐敷家の使用人ですから。
…どうぞ、辰巳、と呼んで下さい」


「辰巳さん、ですか。
私のことは麗奈って呼んで下さいね。どうぞよろしくおねがいしますね」


そう答えていた。


興味は確かにあった。


あんなに大きな屋敷に住んでいて、そして本当に不思議な一家。

そして、どうしてこんな場所にこの人がいるのだろう。

似合わない。


そんな気がしていた。


今宵限り、この場で酒を酌み交わすだけの、そのつもりだった。


「まさか、兼正の方がいらっしゃるなんて」


大川さんに手始めにビールを頼んで隣の席をちゃっかり陣取る。


興味津々だったがそんな思いが表に出過ぎないように気を付ける。

失礼になるかもしれない。


そうでなくても自分が越してきたばかりのときはまるで監視されているかのような毎日だったのだから。

きっとこの人たちも今の状況は変わらないはずだ。


それでもこんな場所に出てくるなんて、早く馴染みたいのかもしれない。


「村を散策しているとき偶然よさそうな店を発見したものですから。誘っていただいたんです」


「散策って」


村に慣れてしまった私としてはもうこんな村には見て回るようなものは何もないだろうと、そう思ったが、確かに自分も当時村を散策してこの大川酒店のことを知ったのだった。

同じだ。
そう思った。


そして当時迷いながらも結局入ってみた。

ものすごく変な目で見られたのを思い出す。

それでもほろ酔い状態の皆は比較的優しく私を受け入れてくれた。


そして次の日、看護師仲間や先生にその話をすれば、すでにその話は別のところから聞いている、と困ったように笑われてしまったのだった。

どこから情報が洩れるのか不思議だった。

それから先生にはお酒を飲み過ぎないように、と窘められてしまった。

そんなに飲んでいたわけじゃなかったが、それでも確かに自分は看護師だから、村人の目があったのだ。


気を付けねばならないことでは確かにあった。

そんなことを思い出して、どこか気恥ずかしくなった。

もうどうしてかそれがとても懐かしい。


大川さんに出されたビールを一気に飲んで、体の熱を冷やす。


「強いんですね、お酒」


「そんなこともないんですが」


それにただのビールだ。


「それにこんな場所にこんな若くて綺麗な人がいらっしゃるなんて思わなかったな。
ラッキーでした」


来てよかった、そんな風に呟くように言われて、どきりとしてしまう。

その笑顔も合間って、そして決してこの村には多くはない同年代であろう存在は嫌でも意識してしまいそうだった。


少し自制が利かなくて、ビールを誤魔化すように口を付ける。


「…綺麗は、余計ですよ…」


それだけ返せば辰巳さんは笑っていた。


「そんなこと、ないですよ、麗奈さん」


そんな風に囁かれて、にこりと笑顔を返されて、警戒心など元々なかったのに、それ以上に自らの壁自体、壊していたのかもしれない。


促されるまま、辰巳さんの頼んでいた日本酒を猪口に注がれて、そのまま飲み干していた。

辰巳さんの瞳が一瞬ゴールドに輝いて、煌めく。

それがどこか期待されているようで、そのまま酒を注がれるまま飲んでいた。


別に飲めと言われたわけじゃない。


それでもどうしてかこの瞳には魔力がある。

辰巳さんにもお酌をしながら、話していた。


こんな風に同年代の人と話せるのは久々で楽しかった。




そして記憶はそのまま途切れていた。





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