High-School DayS

□High-School DayS Y
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「ただいまー」


「あ、兄貴。おかえりー」


徹が学校から家に帰ってきて、そのまま二階に行こうとしていたときに、葵がそう返事をした。


「ああ、葵。ただいま」


徹は再び返事をする。


「さっき羽瑠が来たから部屋に通しておいたよ?
ゲームでも先にしてるんじゃない」


「…あ、ああ。分かった」


徹は階段を上がろうとしていたところを引き返して、台所からお菓子を拝借してから、二階へ行き、自分の部屋の扉を開けると、確かに羽瑠がいた。


窓が開け放たれ、爽やかに風が吹いて、部屋を流れる。


羽瑠の髪やスカートの裾にも風は吹いて、危うくと、小さくはためかせる。


捲れそうになっていなくもない気がする。


非常に、危うい。
じっと見つめてしまう。


羽瑠は無防備に、徹のベッドに横になっていたのだった。


横向きに猫のように丸まっている。


気持ちよさそうに聞こえてくる寝息に徹は息を呑んだ。


確かに、昔からよく眠るやつだった。


生殺し状態だと言っていい。


「…羽瑠、おい…」


声をかけても羽瑠は一向に起きる気配はない。


羽瑠の制服のスカートは短い。

周りの女子に比べて特別短いというわけでもないが、徹にはいやに短く感じられた。


羽瑠は掛け布団を被ってはおらず、足はそのまま隠されることなく晒されて、どこまでも無防備だった。


暫くの間じっと見つめてしまう。


そして徹はベッドの脇に近付き座り込んで、羽瑠を見下ろした。


う、と息を詰める。


心臓がどくどくと煩く音を鳴らしている。


「…おい、羽瑠?起きろよ、頼むから、」


起きろ、とは思う。
本当に。


徹は躊躇しながらも羽瑠の肩に手を置いて、小さく揺らした。


羽瑠は小さく呻いて、横向きの状態から、仰向けになる。


目は閉じられ、口は薄く開いて寝息が漏れる。


額に掛かった髪はさらとベッドに零れた。


緩やかに上下する胸元に目がいく。


眠りやすいからか、羽瑠の制服のネクタイはだらしなく緩められて、胸元が微かに開かれており、見て取れる。


見てはならないものを見ている気はしていたが、徹は目が離せないまま、小さく溜め息を漏らした。


昔からの幼馴染みだ。

いつからこんな風に意識し出すようになったのか。


実のところは夏野の存在が大きかったりする。


夏野が越してきて、羽瑠はすぐに仲良くなっていた。


憎まれ口を叩くばかりのように見えるが、羽瑠は夏野に遠慮はないし、夏野も羽瑠に遠慮はしない。


夏野と羽瑠は年齢も同じで、今はクラスも同じだ。


一番親しい男友達は自分だと思っていたが、今はそうではないかもしれない。


そのことに嫉妬を覚えたのが始まりだった気がする。

気が付くといつの間にか。


クラスが同じである分やはり、今では夏野の方が羽瑠に近い。

そのことが気になって仕方ない。


自分は幼馴染みである分慣れ親しみすぎていて、羽瑠にとっては新鮮味に欠けるが、夏野ならばそうでもないだろう。


つき合いの長さが影響するとは限らない。

そして夏野はこの村にはない雰囲気を持っている。


徹は小さく息を吐き、羽瑠の髪に触れて、梳くように撫でる。


艶やかな髪は流れるようにさらさらと零れた。


こんな部屋で寝てしまうなどと、信用されているというか、男として見られていないというか。


やはり、とも思う。


幼い頃からの村の仲間であるのだから仕方のない部分や、遠慮のない部分は確かにあっていい。


徹は溜め息を吐きつつも、羽瑠の頬に柔らかく触れる。

そして遠慮なくふにふにと触れて遊ぶ。


未だ起きない羽瑠に更に悪戯心が沸いてくるのが分かった。


鼻を軽く摘む。


すると羽瑠は微かに顔を歪めて、頭を動かすようにしたので、徹も手を慌てて話した。


何となく笑ってしまう。


大きくベッドに乗り上げるとぎし、とベッドのスプリングが音を鳴らす。


心臓が大きく跳ねる。


「…羽瑠…?」


そう呼んでも、小さく声を漏らして、寝返りを打つだけだった。


頬を引っ張ってやると、かなり伸びた。

ふわふわもちもちしてその感触が柔らかくて気持ち良くて、面白い顔にしてやって、徹は笑う。

しかし羽瑠は中々起きなかった。


やはり笑いが漏れてしまう。


羽瑠にはいつもいつも笑わされてばかりだ。


それが、理由なのだろうか。


羽瑠となら明るくいられる。


小さなことなどどうでもよく思える。


今はまだ寝かせておいてやろうと思った。


しかしどうにも胸元が気になって、ネクタイだけは締めようと、手に取り上げた。

しゅる、と衣擦れの音が嫌に耳に響く。


危うい感覚に額を押さえたくなる。


締めるだけ、締めるだけ、と自分に言い聞かせるように、結び目に手をかけて、引く前に、何となく目を瞑って息を吐きたくなった。


そのとき。

部屋の扉が勢い良く開いて。


驚いて、徹は顔を上げた。


「…徹、ちゃん?」


「…夏、野…え…」


驚いたような、憤ったような、責めるような目つきに晒される。


徹は夏野を見て、下を見下ろす。


自分はベッドに乗り上げている。


未だ気持ちよさそうに眠る羽瑠が目に入る。

そして自分の手の中には羽瑠のネクタイが収まる。


客観的に見れば、これは。


不味い、とそう思って、そのまま徹は思い切り羽瑠のネクタイを握り締めて、ぐっと勢い良く引いてしまった。


思い切り締まるようにネクタイは羽瑠の首に巻き付いて締め付けて、羽瑠の苦しそうな声が漏らされて、徹は慌ててネクタイから手を離した。


羽瑠は苦しそうに咳を零し始めていた。


「ちょ…羽瑠を殺す気か!徹ちゃん!?」


夏野は慌ててそう言って。


「…わ、悪い!羽瑠!」


徹は羽瑠の背を撫でるようにして、羽瑠は体を起こして、目を擦る。

未だ小さく咳を零して。


「羽瑠!?」


「…ん。ごめん、私、寝てたわ」


羽瑠は間抜けな声でそう言って、徹を見る。


「おい、大丈夫、」


徹は羽瑠の肩に手を置いて心配そうに覗き込んだ。


羽瑠は微かに首を傾げて。


「…うん、何か、苦しかったんだけど、何?」


「…いや…」


「起こしてくれたの?
ごめん、徹ちゃん」


羽瑠は首をさするようにはしていたが何ともないようで、徹は安堵の溜め息を漏らした。


「男の部屋で不用心に寝るなよ…!羽瑠!!」


「五月蠅いな、夏野。
徹ちゃん遅いんだもん。
仕方ないじゃない」


羽瑠は何でもないように言って、ベッドから降りた。


「お前、何も分かってない!徹ちゃんは男なんだぞ!
何されるか分からないだろ!
不用心にしてるなよ!」


「え、なに…」


「お、俺は何もしないぞ、夏野」


「そうだよ。徹ちゃんが何をするって言うの?夏野じゃあるまいし」


「…何で俺なんだよ!?」


「…隙あらば、日頃の恨みを晴らされそうだわ。
何をされるか。怖っ!」


羽瑠はそう言ってテレビの前に座り込む。


「はぁ!?」


「ま、冗談だってば。
それよりゲームしようよ?」


羽瑠は何も気にせずに、振り返り、にこりと笑う。


「っ…」


そして羽瑠はそのままテレビを付けようとする。


しかし夏野は羽瑠の襟首を後ろから掴み上げて、無理矢理に立たせた。


「…え、なに?夏野?痛いんですけど…」


羽瑠は不服そうに言って夏野をねめつける。


「この馬鹿羽瑠!
暫く武藤の家出入り禁止だ!
反省しろ!この馬鹿!阿呆!間抜け!」


「…な、な、何なの!?何でそこまで私言われないといけないの!?」


「危険回避能力ゼロの隙だらけだからだろ!いつか痛い目見るぞ!お前女なんだからな!分かってんのか!?」


夏野は羽瑠に指を突き付けて言う。


羽瑠は軽く身を引くようにした。


「……」


羽瑠は冷めた瞳で夏野を見た。


「夏野、羽瑠…」


徹ははらはらしたように二人を見ているしかなかった。


夏野は冷ややかな目を徹に向ける。


「…見損なったよ、徹ちゃん。何する気だったんだよ…?
羽瑠、寝てたんだろ」


「誤解だ、夏野!」


「徹ちゃんにも喧嘩売るの!?
夏野本当意味分かんないんですけど!」


「それはお前が頭悪いからだ」


「は!?」


「いや、二人とも誤解だ!!頼むから落ち着いて…」


「大体徹ちゃんが、」


「徹ちゃんが何!?」


夏野は何も言わずに突き飛ばすように羽瑠を部屋から押し出した。


「…何すんの、」


「五月蠅い!行くぞ!」


夏野はそう言って羽瑠の襟を掴んで引き摺るように階段を下りていく。


「おい、夏野!」


徹は追い掛けて、夏野を呼び止める。


夏野は暴れる羽瑠の襟首を掴みながら、ぴたりと足を止めて、振り返る。


「…確かに徹ちゃんの気持ちも分かるけど。
でも今日は羽瑠連れて帰るから。羽瑠は馬鹿だ」


「はぁ!?なんでっ…」


羽瑠の言葉には答えずに夏野は羽瑠を引き摺って行く。


「おい、夏野…」


夏野は靴を履き替えて、羽瑠も慌てて靴を引っかけるように履いて、玄関を出て行った。


ぴしゃりと扉を閉められて、徹は追うことも出来なかった。


茫然と玄関に立ち尽くす。


「どうしたのー兄貴?」


「……」


徹は何も答えられずに頭を抱えた。













「な…なに、何なのっ、夏野!」


夏野は未だ羽瑠を引き摺って歩いていた。


武藤家を離れて暫く進んだところで夏野は羽瑠を離して、じっと羽瑠を見た。


「…一体、何!?
あんた、夏野!」


「お前徹ちゃんが好きなんだろ?」


「えっ…」


羽瑠の頬は瞬間真っ赤に染まる。


「な、な、な、そんな大きい声で言わないでよ!」


羽瑠は叫ぶように言う。


「…好きなんだろ!?」


夏野は気にせずに声を張り上げる。


「ちょっ、声のボリューム気にしてっ」


「みんな知ってるよ。本人以外は」


「みんなじゃないでしょ!?さすがに!」


「お前、早く告れば?何で言わないの?
だったらこんなことにはならないだろうが。
俺もいきなり部屋に入ったりしないし、見ずに済んだ」


「は!?いきなり、なに…言えるわけ…」


「早くつき合えばいいだろ?」


「何でそうなるの、有り得ないわ…」


「考えろよ、ない頭で」


「ない頭って何!?」


「何もないだろうが!
空っぽだろ!」


「失礼でしょ!?」


「知るかよ…
じゃあな!」


「何なのー!?馬鹿夏野ー!!」


羽瑠は言うが夏野は気にした風もなく去っていく。


羽瑠は無意味に何故か悲しくなってきていた。


「…本当、なに…」


羽瑠は茫然と立ち尽くしていた。






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