High-School DayS

□High-School DayS X
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気を取り直して羽瑠は夏野からコーラを受け取り敏夫に向き直る。


夏野は苦笑がちにも溜め息を零す。


「そんな若先生にコーラ上げますね。
奥さん帰ってくるといいですね?」


敏夫は受け取らないまま曖昧に笑う。


明らかに警戒したような雰囲気が見て取れて、夏野は残念そうにも仕方ないと思い、羽瑠は舌を打ちそうにしていたが、耐えていた。


「まぁ恭子が帰ってきても面倒なだけだしなぁ」


「そんなことよく言いますよ。寂しいくせに!
せんせ、コーラ!はい!」


敏夫は一歩引く。


「…何だ、毒入りか何かか?医者に一服盛ろうなんて考えるのはお前くらいだろうな」


「失礼ですね!」


「それに俺はファンタの方がいいな」


夏野の持つファンタを指差して言う。


羽瑠は怪訝な表情で振り返りつつも敏夫に言う。


「あれは私の飲み差しです。
さすがに三十路で無精髭で不良医師の先生と間接ちゅーは嫌だな。
若御院なら大歓迎ですけど?」


夏野は羽瑠の言葉に微かに複雑そうにして羽瑠をちらと見た。


どういう意味か判断しかねている様子だった。


「お前は本当に…
…それに静信も嫌がりそうだがな」


「あ。やっぱ私若御院に嫌われてますかー?
まだ未婚でいらっしゃるしお嫁さん狙ってたのにな。玉の輿もいいな、みたいな」


羽瑠は含み笑いでそう言う。


「…お前は本気でからかうからな。静信はお前の躱し方を知らないんだ」


「からかい甲斐のある人ですよね。本気で受け取ってくれて。
それにイケメンですし。
三十路には見えないですよ。
若々しいです。先生も若いですけどねー」


羽瑠はくすくす笑いながらも未だ敏夫にコーラを渡そうとする。


「いらない…
にしても、お前は面食いだな」


「いえ。そんな。格好いい人は格好いいと言いたいだけですよ、私は」


夏野はやれやれと言いたげに溜め息を吐いた。


「…やめろ、羽瑠」


夏野は言い、羽瑠の襟を掴んで引く。


「先生は正しいよ。そのコーラは落としたんだ。
……羽瑠が」


「何で言っちゃうのー!?
しかも私のせいにすんな!鈍くさい子!お前だろ!」


夏野は羽瑠を後ろからばしりと叩く。


「もー…コーラを無駄にしないための私の努力を…
尾崎の若先生がコーラ被ったとなれば大うけなのに…
勿体ないわ。
もう私が被るべきかな?もしかしてそういうこと?」


「そんな体張る必要ないだろ」


夏野は呆れたように言う。


「本当にお前な…」


敏夫も呆れたように言う。


「残念すよ」


羽瑠は諦めたようにコーラを思い切りシェイクし始めた。


「若御院か田茂先生に食らわしたいなぁ…」


「もの凄く怒るだろうがもの凄く面白いだろうな」


敏夫はニヤリと笑う。


「分かってるじゃん、さすが先生だわ」


羽瑠も同じようににやりと笑っていた。


「まぁ、今は無理だな。
諦めろ。
高校生なら高校生らしく勉強もしろよ。
ま、勉強なんてしてないんだろうがな。
そんなすっかすかの鞄じゃあなぁ」


「あ。そうだった。
私も将来について考えてみたんですよ?
ね、夏野?」


「いや、考えてねぇだろ」


「そういう夏野くんは?」


「夏野くんは学年トップなんですよ!」


羽瑠は人差し指を立てて自分のことのように自慢気に言う。


「へぇ。さすがだな。
羽瑠は…聞くまでもないな」


「失礼な!
でもさ、先生私を雇ってみる気ありませんか?」


羽瑠は楽しそうに笑う。


「まさか看護師とか考えて…?」


敏夫は表情を青褪めさせる。


「ええ!そのまさかですよ!」


「……全力で断ろうか。
尾崎医院で医療ミスによる死人を出すわけにはいかないんでな」


夏野は噴き出していた。


「…失礼すぎますよ!
おい!お前もな!夏野!」


羽瑠は不服そうに腕を組んだ。


「看護師とかいいなって思ったのにな」


「人には向き不向きがあるからな」


「でもでも人手不足でしょ?」


「まぁな。
猫の手も借りたいことはあるが羽瑠は猫の手と言うよりはライオンの手っつーかな…がさつなんだよ」


羽瑠は不機嫌にはぁと溜め息を吐く。


「ま。まだ高一なんだしゆっくり考えればいいだろ。
君たちには自由な未来がある」


「そっすね…
少なくとも、先生や若御院よりは自由ですよね、私たちは。
それに今はまだ若いし、ね」


敏夫は曖昧に笑っていたが、頷くようにしていた。


「…でも先生?私は村が好きですよ。
この小さな田舎が過疎を免れてるのは先生たちのお陰ですよ。
離れたくないなと思うのも、離れなくても不便だとは思わないのも、全部。夏野だって理解するとこはあるでしょ?
悪くないとこだってあったでしょ?」


羽瑠はくるりと振り返り、笑いかける。


「…確かに、な」


羽瑠の言う通り、何か繋がりのようなものは出来てしまったと言っても過言ではないはずだった。


「寺と病院はこの村の要だから。
ちょっと看護師いいなって思ったけどな。
やすよさんとか律子さんとか、先生も私は好き」


「それは、どうも」


羽瑠はにこりと微笑む。


敏夫は時計を見る仕草をした。


「さすがに長居しすぎたな。
看護師連中は怒ってるだろうな」


「そうっすねー
只でさえ先生は不良なのに!
また何かあったら病院行きますねー」


羽瑠は手を振る。


「しょうもない怪我とかするなよ。
体調管理もな」


「先生に言われたくないですよ。ね、夏野?」


「ああ」


敏夫はそのまま颯爽と去って行った。


「でさ、このコーラどうするって話だね」


羽瑠は夏野にコーラを押し付けて夏野はコーラを受け取った。


そして思い出したように夏野は持っていたファンタに口を付けた。


今度は躊躇なく、喉を鳴らして飲んでいく。

大分温くなってはいたが気にしなかった。
何となく吹っ切れた思いがしていた。


「ちょ、夏野!全部飲まないでよ」


「五月蠅いな、羽瑠。
お前がよく喋るからつっこむの大変なんだよ。
喉も渇くって話だ」


夏野は空を示すように、軽く振ってから、空き缶入れに投げ捨てた。


にやりと笑って羽瑠を見る。


「奢ってやったのは俺だろ?文句、言うなよな」


羽瑠は押し黙っていたが夏野をねめつける。


「もう、そのコーラは徹ちゃんに渡そうか」


先ほど激しくシェイクされたそれを指差す。


「好きな奴にする仕打ちじゃないな」


「五月蠅いなぁ!もう!」


羽瑠は叫ぶように言う。


何故こんな女が好きなんだろうと思いながら夏野は歩く。


不思議だとは思いながらそれでもやはり理由はよく分かっているような気がした。


夏野は溜め息を吐きつつも小さく笑った。


羽瑠を見ているとやはり笑うことが多くなった気がしていた。


この村も悪くないと思えるほどには。
心は満たされている気がしていた。






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