High-School DayS

□High-School DayS X
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羽瑠と夏野は二人村を歩いていた。


さっきまでバスも同じだった。

学校の帰りが偶然一緒になったのだ。

羽瑠は空っぽそうな鞄を持って、夏野は何かしら入ってそうな鞄を持っていた。


二人で村を無言で歩いているとき、羽瑠は徐に口を開く。


「夏野、ジュース奢ってよ」


羽瑠はびしりと自動販売機を真直ぐに指差して夏野を振り返る。


「は。何で俺が。つーか名前で呼ぶな」


「…意外とケチね。詰まらないわ。結城くん」


羽瑠は文句を言って自販機を横目で眺めながら仕方なく歩き去ろうとした。


しかし夏野は羽瑠の腕を掴んで自販機まで引き摺っていった。


「え?ちょっと、なに?結城くん」


羽瑠は夏野を見上げて言う。


夏野は羽瑠を見下ろして言う。


「で、羽瑠、何がいいわけ?」


「えっ。もしかして奢ってくれんの?」


羽瑠はぱぁっと瞳を輝かせて言う。


夏野は顔をしかめた。


「あんた、こんなんでそんな喜べるなんて本当変わってるよな」


「嬉しいよ、そりゃ。
夏野くんのお金で奢ってもらえるなんて。
今日は何の日かって思うよ。今日は何記念日?」


羽瑠は嬉しそうに笑って夏野は一瞬言葉に詰まる。


「…で、何?」


夏野はお金を投入口に入れながら羽瑠に言う。


「うん!ファンタグレープだね!やっぱ!」


羽瑠は迷うような素振りは見せずに、即座に明るく言った。

夏野はそれを押して出てきたファンタを羽瑠に渡した。


「ありがとー、夏野」


羽瑠はそう言ってアルミのふたを開けて口を付けた。


美味しそうに喉を鳴らし羽瑠は飲んでいる。


「旨そうに飲むな。羽瑠」


「喉渇いて仕方なかったからさ」


「あっそ」


夏野も小銭を入れてコーラを買った。


「ふぅん。夏野はコーラなの?意外」


「別に」


「炭酸はなんか似合わないよね」


羽瑠は微かに不思議そうにして笑った。


「別にそんなことはないと思うけど」


夏野がそう言ってふたを開けようとしたとき、羽瑠は言った。


「あ。ちょっとだけちょーだいね。
私のも上げるから。
私、コーラと迷ったんだよね。
ナイスタイミング、さすが夏野!」


羽瑠は親指を立てて屈託なく笑っていた。


しかし夏野はコーラのふたを開けることなく、そのコーラは夏野の手から滑り落ちていた。


がしゃん、と音を立ててころころと転がってそしてすぐに止まった。


「……」


夏野は無言でそのコーラを見た後、恨めしそうに羽瑠を睨んだ。


羽瑠はそれに気付いた風もなくコーラの行く末を追って拾い上げた。


「バカ!夏野!鈍くさい子!
夏野こんなん落とすような子じゃなかったでしょ?どしたのよ、一体」


「いや…」


お前が悪いとは言えなかった。


回し飲みなど羽瑠にとったら普通のことで日常茶飯事なのだろう。


間接キスを想像してこうなったとは言えなかった。


思わず赤面するのが分かったが、どうすることも出来なかった。


羽瑠は拾い上げたコーラをまじまじ見ていた。

汚れを払ったところで夏野は嫌な予感がした。


「あ、おい、羽瑠。絶対開けるなよ」


夏野は言って羽瑠は夏野をねめつける。


「分かってるっつーの。
バカにしないでよ」


羽瑠は言って夏野にコーラを渡した。


「爆発するって言いたいんでしょ?
知ってるわよ。何回もやったからね」


「…何回もやったのかよ」


夏野はお前はバカだと言いたかったが、何とか口を噤んだ。


羽瑠は何でもないように平然と言う。


「まぁね。
もうそれ飲めないわね。
ゆっくり慎重に開けて、炭酸が抜けた砂糖水みたいなコーラを楽しむか、炭酸水で割るしかないわね」


「…そうだな」


夏野は渋々頷く。


「ま。他にも使いようは…あるけどね」


羽瑠はファンタを一口含んでから、悪戯っぽく笑った。


「夏野。とりあえず、ファンタ飲む?」


羽瑠は夏野にファンタを渡そうとするが、夏野は受け取らなかった。


「……いらない」


「そう?」


羽瑠は首を傾げていた。


「ま、とりあえずこれ持ってて」


羽瑠は飲みかけのファンタを結局は押し付けて夏野に渡した。


「おい、何を…」


夏野が全部言う暇もなく羽瑠は口を開いた。


「若先生、ういっす!」


羽瑠は手を高く挙げて何度も振って敏夫に声をかけた。

敏夫がこちらに近付いてくるのが夏野にも分かった。


診療鞄をぶら下げているところを見ると、往診の帰り、というところだろう。


急に飛び出してくるように現れた羽瑠を見てぎょっとしたようにしていた。


何となく羽瑠の企んでいることが分かった気がして額を押さえた。


「羽瑠…ちゃんだな」


「何か微妙な言い方ですねー先生?」


羽瑠は悪戯っぽい笑みを敏夫に向ける。


敏夫は渇いた笑いを漏らしていた。

面倒だと顔に書いてあるかのようだった。


夏野はまた何となく溜め息を吐きたくなった。


「それと結城さんとこの…夏野くん、だったかな?」


夏野は頷くだけに留めておく。


「名前で呼ぶなって言わないの?結城くん?」


羽瑠はにやにやとした笑いを漏らして夏野を振り返る。


「余計なこと言うな!」


夏野はばしりと羽瑠を叩いた。


「名前で呼ばれるの嫌なのかい?」


敏夫は意外そうに言う。


「いや、別に、そういうことじゃ…」


夏野は若干嫌そうに言う。
羽瑠をねめつけながら。


「そうなんですよー若先生。
結城くん名前で呼んだらキレるんです。困った子でしょ?
いやー今時の子はキレやすくて。困りますよね」


「羽瑠ちゃんには言われたくないと思うが」


「いや、どういう意味っすか、先生?」


羽瑠は心外そうに笑う。

敏夫は溜め息を吐いていた。


「いや。別に?」


「まぁいいですけど。
とりあえず夏野は名前で呼ばれるの嫌なんですよ。
女みたいだって。
そんなことないのに。
私は結構好きだよ?夏野。素敵で格好いいわ」


羽瑠は振り返って夏野に笑いかける。


敏夫は微かに興味深そうに二人を見ていた。


夏野は若干だじろいでいたが羽瑠は気がつかないでいた。


「…まぁ、俺も君の名前は悪くないと思うが」


「ですよね!?
夏野みたいなイケメンにはぴったりだってば。
寧ろ敏夫とかって名前だったら逆に合わなさすぎてびっくりするわ」


「どういう意味だ、羽瑠」


敏夫はぴくぴくと眉を引き吊らせていた。


羽瑠はあ、と言葉を漏らして口元に手を当てて笑う。


「いえー先生にはぴったりですよ?嫌だなぁ」


羽瑠はからからと笑い、敏夫と夏野はほぼ同時に溜め息を吐いた。


「…ところで二人は学校の帰りかい?」


「ええ。まぁ」


「おかえり、と言うべきなんだろうな。学生も学生で大変だよな」


敏夫は懐かしそうに言う。


「ええ。ただいまです、先生。
先生も往診の帰りでしょ?お疲れさまっす。歩きで往診なんて珍しいっすね」


「…ああ。まぁ、たまにはな」


敏夫は車で向かえばよかったと言いたそうにしていたが、そう返事をして改めて二人を見る。


夏野と羽瑠は同じ高校の制服に身を包んでいる。


敏夫は眩しそうにその姿を見た。


「若いって言うのはいいな。
羽瑠ちゃんがこんな彼氏を作るなんてな。若いというのは素晴らしい、な?」


敏夫はふざけたように言う。


「は?」


羽瑠は間抜けな声を漏らした。


敏夫はにやにや笑って二人を見る。


「木山の家のバカ娘と工房の息子がつき合いだしたとなれば噂になるかもしれないな」


「誰がバカ娘だ!
じゃなくて!!」


羽瑠の慌てた様子に敏夫は隠すことなく笑い、夏野は何度目か分からない溜め息を漏らす。


「先生、違うよ」


「そうだよ!ちげーし!!」


羽瑠は全力で否定をする。


「…なんだ、そうか。
むしろ夏野くんの方が迷惑な話だったか。
このバカ娘を押し付けたかったんだがなぁ。
こんな村にいるより外の世界の人間との方が似合いそうだしな」


敏夫はまだ笑っている。


「失礼すぎでしょ、先生!」


羽瑠は無遠慮に敏夫に向かって指を差した。


「そうか?」


敏夫はおどけたように言う。


「そうだよ!」


「それに羽瑠には好きな人がいるしな」


夏野はさらりと言う。


「あ!?」


羽瑠は驚いた風に夏野を振り返る。


間抜けな顔を羽瑠は晒している。

夏野は小さく笑う。


「それは誰かな?ぜひとも知っておきたい話だ」


敏夫は言いながら煙草に火をつけた。


もう少し長く話していく気になったらしかった。


「…武藤のバカ息子」


夏野は静かに言う。


「徹ちゃんをバカ呼ばわりするなぁ!!このバカ夏野!」


羽瑠は間髪入れずに自ら口にした。


「……へぇ。意外だな。しかしそれもまた…」


敏夫は煙草を吹かしてにやにやと笑う。


「へ!?」


羽瑠は今度こそ本当に本気でわたわたと慌てだした。


敏夫も夏野も完全に爆笑していた。


「ちょっ!何がおかしいの!
何で言っちゃうの!夏野!バカ!人でなし!死ね !先生に弱み握られたじゃん!私これからどうなるの!?
先生をからかえなくなるわ!!」


「お前な…」


羽瑠は涙目になりながら夏野をぽかぽかと殴り始めていた。


「止めろ、止めろ。怪我人を出すわけにはいかん」


敏夫は羽瑠の襟を掴んで引き摺る。


羽瑠は振り返り恨めしそうに敏夫をねめつける。


「先生のアホー!」


次は羽瑠は敏夫の白衣を掴んで頭突きを食らわした。


「っ…痛っ」


「このバカ先生!何が尾崎だ!偉そうに!不良医師のくせに!この藪医者!」


「本当に…このバカ娘…
大した頭突きだ」


敏夫は胸を擦るようにした。


「先生が悪いんでしょー!?」


羽瑠は敏夫を指差す。


「しかしやっぱり徹くんとも釣り合わないだろうな。
上を目指すものじゃないぞ」


「まだ言うかー!?」


羽瑠は敏夫を殴ろうとするがひょいと避けられて空を切る。


「悔しいっ…」


「まぁまぁ」


言って敏夫は羽瑠の頭を撫でる。


「夏野くんも大変だな」


にやりと意味深に敏夫は夏野に笑いかける。


夏野は内心どきりとしていた。


「ま。恋せよ、青少年ってところだな。
羽瑠ちゃんが相手だと知ったら結城さんも武藤さんも卒倒するだろうがな。こんな村に来るんじゃなかったってな?災難な話だよ。
平和と自然を求めて結城さんなんかは越してきただろうに」


「はぁ?何で!?」


「…さぁな」


敏夫はどこ吹く風で平然としている。


「まぁ若いうちに出来ることはしておくべきだな。無駄でも精々頑張ればいい」


敏夫はぽんぽんと羽瑠の頭に手を置いて撫でた。


「無駄って…失礼な…
まぁ先生みたいに結婚で失敗したくないですしね」


羽瑠はぶすっとそう言って敏夫を見た。


「まぁ、それは言われても仕方ないな」


敏夫は苦笑していた。
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