High-School DayS

□High-School DayS V
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眠くて堪らない授業中。


全く何も頭には入ってこない。


教師の声も今は、と言うよりいつものように子守唄のように聞こえて眠りを誘う。


徹はふぁぁ、と欠伸を噛み殺すことなく、小さく声を漏らし、教室の窓から何気なく運動場を眺める。


どこかのクラスが体育をしているのだろう。


しかしどこのクラスかはすぐに分かった。


教室の窓から遠くに、掌に載るほどに小さく見える人差し指程度の大きさの人物。


それは徹が親しくする人物だった。


親しい人物が元気に走り回っている様は何となく微笑ましく思う。


くるくると回る。


走ったり、笑ったり、叫んだり、落ち着きのない幼馴染みだった。


頬杖を尽きながら厭きることなくずっと眺めているとき、唐突にその小さなものは地面の上で、飛び上がって滑り込んで。

べしゃりと派手に倒れ込んだ。


「えぇぇぇえぇ!?いきなり!?」


徹は急にがたりと大きな音を立てて、椅子から立ち上がり窓から外を凝視して眺めていた。


唐突に地面に滑り込んだ幼馴染みを見て血相を変えて驚いていた。


「本当何でだぁぁ!?羽瑠!?」


徹は思わず叫んで羽瑠の名を呼んでいた。


「……武藤」


静かな教師の声が飛んでくる。

明らかに怒りの色が含まれているのが分かった。


徹はそこで気が付いたようにはっとして教室に目をやると、教師の冷たい目だけではなく、クラスメートの目が一斉にこちらを向いていて、注目を集めているのが分かった。


教師以外は笑いを堪えていたり、堪えることすらせずに爆笑していたり、くすくすと笑いを漏らしていたり、ほぼ皆全員笑っている。

若干名、真面目な者は憤ってもいるようだが。


「何だよー徹ーそれ彼女の名前かぁ?」


揶揄うような色を含む声が飛んできて徹は曖昧に笑った。


「寝ぼけていたのか?武藤?
お前は全く…
武藤、それともこの問題が分かるのか?解いてみろ」


とんとん、とチョークで黒板を叩く教師のこめかみには青筋が浮かんでいた。


「いや、全然分からないっす」


そう淀みなく即答しながらも徹の意識は外へと向かっていた。


見ると、羽瑠は滑り込んだままの状態で、周りの人間は驚いた様子で羽瑠を見ていた。


そして、続いて、慌てたように走り寄ってきて、羽瑠に近付く人物を見咎めていた。


「あ…夏野…」


徹は微かに目を見開く。


「…お前!武藤、どこを見てるんだ!舐めてるのか!」


教師が叫んで、それと同時にチョークが飛んできて、徹はひょいとそのチョークを楽々と避けて未だ外を眺める。


そのチョークは後ろの席の人にぶち当たって徹は申し訳なさそうに漸く外から目を離し振り返った。


「あー悪い…
それから、先生。俺たぶん調子悪いんで今から保健室に行きます」


曖昧にもそう言って徹はそそくさと教室を出て行った。


教師も追いかけようとするが、徹はさっさと出て行ってしまい、見えなくなって教師は悔しそうに床を踏みつけていた。







その頃の羽瑠は滑り込んだままの状態からむくりと体を起こした。



羽瑠は辺りを見渡す。


体操服は土に塗れ、膝は無残に擦りむいて、血を流していた。


「…いったー…」


「…おい!羽瑠!大丈夫か!?」


一番に飛んできたのは同じクラスの夏野だった。


羽瑠は何故夏野なのだろうとぼんやりと不思議に思った。


「…痛い…
信じらんない…」


「いや、俺の方が信じられないから。
どんな転び方だよ?驚くわ」


夏野は呆れたようにそう言って羽瑠を抱き起こした。


土に汚れた体操服を払ってやる。


「酷い怪我だな」


「体育だからテンション上がっちゃって」


夏野は大袈裟に溜め息を吐いていた。


「かなり汚れてるぞ」


「…ごめん、ありがとう。夏野。
でも、もういいわ…
男子の体育に戻っていいよ。
あんたのストーカーが睨んでる。怖すぎ」


羽瑠はちらりと振り向いて、ぞくりと肩を震わせていた。

夏野もちらとそちらを一瞥してから何でもないように羽瑠に向き直る。


「清水なんかほっとけばいいだろ」


「…そうはいかないのよ。
…しかも視線は恵だけじゃないような…気が…
さすが、夏野…
未だ健在のようね」


羽瑠はもう一度ちらりと振り返って、複雑そうな表情をしていた。


そして一人ふらふらと立ち上った。


夏野にも確かに視線は感じていたが、特に気にすることもなく羽瑠の側に寄り、腕を握る。

羽瑠の足元は覚束ない。


「背負うか?羽瑠?」


羽瑠はぞっとしたようにして首を振った。


「そんなことしたら…私、明日の朝、目が覚めなくされるわ。きっと。
一生朝日を拝めなくなる。
それは勘弁してほしいわ」


羽瑠は夏野に掌を示して拒否の意を伝える。


羽瑠はひょこひょこと膝を庇って歩き出していた。


夏野は呆れて溜め息を漏らしていた。


「羽瑠〜
大丈夫?」


別のクラスメートが羽瑠に近付いた。


「あまりにも派手にダイブしてたから反応が遅れた。ごめん…」


「…いや、笑ってたんでしょ?酷い話だ、全く」


羽瑠はそう言って、そのクラスメートに笑いかける。


「ごめんって、羽瑠〜
結城くん。私が保健室に行くから、男子の体育に戻ってくれても…」


「いや、俺が一番に来たんだ。
俺が行くよ」


「いや、夏野。いいよ。
一番とか何。関係ないから。
あんたが行くと角が立ち過ぎるのよ」


「そんなの気にするようなタイプじゃないだろ」


「いや、死にたくはないからな、私も。
明日も平和に生きたいの」


しかし、羽瑠の言うことにも構わずに夏野は羽瑠の肩に手を回して支えるようにした。


クラスメートは若干おろおろしだし、羽瑠は諦めたように夏野を見る。


「……夏野…あんたな。
私に恩を売って何がしたいの」


「別に」


羽瑠は溜め息を吐きながらも、結局夏野に寄りかかるようにしていた。


「悪い。気遣ってくれたのに。
夏野と保健室行くわ。
じゃあね。ありがと」


羽瑠は言ってクラスメートは頷いていた。


そして羽瑠は夏野に引き摺るように保健室まで連れて行かれる。


「…意外とお節介なんだから、夏野。
あの子気遣ってくれたのよ。
私明日から平和に生きていけないかもしれない…」


「…知るかよ」


羽瑠のよく分からない言葉に夏野は冷たく返す。


保健室までやってきてドアを開くと、中には誰もいなかった。


静かな保健室には先生も生徒も誰もいない。


「誰もいないのかよ」


夏野は舌を打って羽瑠を椅子に座らせる。


保健室には授業中の外の喧噪もあまり伝わってはこずに、お互いの存在だけしか感じられなかった。


じっと見下ろしてくる夏野に羽瑠は少したじろいでいた。


「…夏野、何…?」


「お前って本当に馬鹿だよな…」


「そりゃ、夏野に比べたら成績は良くないけど?」


「そういう話じゃない。
こんな怪我すんなよな。
心配かけんな」


「心配って…嘘ばっかり」


「嘘じゃない」


夏野は羽瑠の頭に手を置いて、緩やかに撫でる。


「俺は…」


「…夏野?」


羽瑠は夏野を見上げて首を傾げる。


「まぁ、いいか…」


夏野は髪を掻き上げるようにして身を翻した。


「夏野?」


「先生呼んでくる」


「こんなもん適当にやっとけば、」


「自分でやるなよ。悪化する」


「失礼な」


「とりあえず大人しくしてろよ」


そう言って夏野は出て行ってしまった。


「何なんだ、あいつは…」


羽瑠の呟きだけが宙に浮かんで漂っていた。









そのときの徹は廊下を音を立てないように走っていた。


保健室に近付いたとき羽瑠が夏野に半ば引き摺るように保健室に入ろうとしているのが見えた。


徹も続いて保健室に入ろうとしたとき、中から二人の会話が聞こえてきた。


そして躊躇してしまう。


自分は邪魔にしかならないような気がした。


夏野が保健室から出てくる気配がして徹は慌てて隠れる。




夏野が越してきてから自分と仲良くなり、そしてすぐに羽瑠とも打ち解けた。


羽瑠は人見知りはしないし、寧ろ人懐っこい方だったし、確かに気も遣わなくてもよかったので夏野も気が楽だったには違いない。


それも理解できる。
理解できるからこそ。

どうしてよいのか分からなくなる。



夏野が保健室を出て行ってから徹は中に入った。


迷いはしたが結局ドアを開けた。


中には回転椅子に座って一人子供のようにくるくる回る羽瑠がいた。


ドアが開いたのが分かって羽瑠は振り返った。


驚いたように目を見開く。


「えーっ?徹ちゃん?
えっ、何?偶然だね」


羽瑠は笑って立ち上がっていた。


「って、今授業中でしょ?
どうしたの?
調子悪いの?」


羽瑠は心配そうに言い、徹に駆け寄ろうとした。


徹は軽く苦笑する。


「…いや、」


そのとき羽瑠は徹の目の前で躓くようにした。


膝に力を入れすぎたのか徹に倒れ込んで、受け止める。


「っ…ごめん、徹ちゃん。
私、怪我してるんだった」


羽瑠は慌てて離れようとしていた。

顔を見ると微かに赤く染まっている。


「…知ってる。
授業中見てたから。思ってたより酷い怪我だな」


そのまま倒れこんできた羽瑠を抱き寄せ胸に収めた。


「え?徹ちゃん?」


抱き締められて羽瑠は驚いたようにする。


「えっ、ちょっ…徹ちゃん?本当、な、に…」


羽瑠は慌てたように身じろぐが、離してやらずに強く抱き締め直す。


「…夏野はいい奴だよな」


そんなことは分かっている。


「……え?
あーまぁ、ねぇ」


羽瑠は曖昧に言う。


徹は溜め息を吐いて、漸く羽瑠から離れて椅子に座らせる。


羽瑠も促されるまま椅子に座り直して困惑した様子で徹を見上げた。


「…先生いないんだな?」


「えーっと、夏野が呼びには行ってくれてるんだけど…」


羽瑠は気まずそうに徹を見上げた。


「徹ちゃん、私が派手に転んで怪我したの見てたんだね…恥ずかしい…」


羽瑠は呟くように言って顔を俯かせた。


「小さい頃からそうだっただろ。今更だ」


「…酷いなぁ…徹ちゃん」


羽瑠はくすりと笑みを零した。
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