High-School DayS
□High-School DayS U
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1F特別教室の片隅。
放課後で誰もいないはずの教室に苦々しげに顔を歪めた羽瑠がいた。
羽瑠は息を詰めて壁に伝って耳を澄ませていた。
何故こんなことをしているのだろうかと思うと涙が零れ落ちそうだった。
こんな真似をしているなどと絶対に知られたくはない。
何故こんな場面に鉢合わせてしまったのだろう。
自分の運の悪さを呪いたくなる。
早く離れたい。
しかし気になって離れることも出来ない。
溜め息を吐きたくなるがそれも憚られる。
舌を打ちたくなるがそれも堪える。
ただ頭を抱えて外の音を聞き漏らすまいと聞き耳だけは立てていた。
「…何やってんだ、羽瑠…?」
特別教室の一室に怪訝な表情の夏野が姿を現した。
思い切り不審者を見る目だったのは生涯忘れないだろう。
いつもなら文句の一つも言って黙らせたり暴力を振るうことも辞さないが、羽瑠はずざっと飛び出して素早い動きで夏野の口を片手で塞いで引き摺り込んでいた。
夏野を同じ様に壁に隠れさせる。
と言うよりは壁に押し付けて息も出来ないほどに口を押さえつけた。
やれやれ、と言うように羽瑠は額の汗を拭い、羽瑠自身壁に沿うようにするが、半殺しの目にも遭いそうな夏野は目を見開いてじたばたと暴れ出す。
それに気付いた羽瑠は夏野の口を塞ぐ手を若干緩めて、自分の口に人差し指を立てて夏野を黙らせる。
「っ…何、」
「…静かにしろっつってんだろ、夏野」
羽瑠は忌々しげに夏野を睨んで声を潜めて言う。
タイミングの悪い奴だと言わざるを得ない。
こんな教室に放課後来るなんて有り得ない話だ。
自分は飽く迄偶然だ。
偶々だ。
夏野は漸く黙ったが、怪訝な表情は崩されずに、羽瑠を見る。
羽瑠は夏野とは視線を合わさずに夏野を殴りつけた。
少々派手な音が響くが、羽瑠は微かに気にした風にしただけで、結局は意識を外へとやった。
『…武藤くん、好きです…』
羽瑠は聞こえてきた声に頭を抱えて、絶句していた。
頭が真っ白になる。
夏野は漸く理解したように壁伝いに座り込み、呆れた様子で羽瑠を見る。
溜め息を大袈裟に吐いていた。
「…こういうことかよ…
盗み聞きなんて悪趣味だな」
「五月蠅いわ、夏野」
羽瑠は冷たく吐き捨てるように言う。
『…武藤くん、もし、よかったら…
私とおつき合いしてくれませんか…?』
体中を電撃が走ったように衝撃を受ける。
そうだった。
他人の告白の、しかも徹への告白に居合わせてしまったのだ。
実際は呼び出されるのを見ただけだったが一部始終を見ずにはやはり済まなかった。
「…徹ちゃん、モテるな…」
「そりゃ、夏野くんとは違いますからねー」
羽瑠は可愛げもなくそう言い、夏野は羽瑠を睨む。
羽瑠は溜め息を吐いていた。
「…お前本当、ムカつく…」
『武藤くんって、誰にも優しくて、友達も多いでしょ、男女問わずにそうだし、
すごく尊敬するの。
何でも出来るし、誰からも頼りにされて、あ、勿論私もなんだけど…』
羽瑠は耳を塞ぎたくなりながらも聞いていた。
悔しくも頷きたくなる内容ばかりだ。
「…夏野もさ、入学当初は告白もいっぱい受けてたさ。
私知ってるのよ。
でもね!未だ!頻繁に!途切れることなく!告白を受けてるのよ!徹ちゃんは!毎月、毎月!」
羽瑠は夏野の胸倉に両手をかけて乱暴に揺さぶる。
夏野は慌てて羽瑠の口を押さえて黙らせる。
羽瑠も焦ったようにしながら外の様子を窺いながら口を開く。
「あんたとは違うのよ、根本からね。
夏野は初めだけじゃん。
だんだん化けの皮が剥がれるんだよね…
徹ちゃんもまぁそうだけどな。
…徹ちゃんは誰にでもあんなんだからなぁ…」
羽瑠はがっくり項垂れる。
「本当徹ちゃんのこと好きだよな、何で?」
「じゃああんたは何で誰にも懐かないのに徹ちゃんとか武藤家の人々にだけは懐いてるの?」
「別にそんなんじゃ…」
「…同じ理由だよ、たぶんね。
それに私は夏野なんかよりもっとつき合いは長いの。
理由は一つじゃない。
もっと深いものなんだから」
羽瑠は宙を見上げる。
『武藤くんは、好きな人でもいるの?』
『…んー、いや…』
『…じゃあ、私と』
『………』
徹の声が途切れる。
迷うがあるのか。
つき合う気があるのか、どうか。
羽瑠は息を詰めるようにして聞き入っていた。
夏野は真剣な表情の羽瑠をじっと見ていた。
確かに長い間をあのくだらない村で羽瑠と徹は過ごしてきたのだろう。
入り込む余地などないほどに。
羽瑠は口元を押さえる。
『…ごめん、気持ちは嬉しいから…でも、悪い。
つき合えない』
羽瑠は顔を上げた。
は、と息を漏らす。
そして自嘲気味に笑っていた。
「悪趣味だよ、お前…」
「…分かってるわ、言われなくても」
羽瑠は俯いていた。
「…羽瑠さぁ、さっさと告れば?」
「…無理。みんなすごいよね…尊敬するわ」
「この先どうなるか分からないぞ」
「まぁね…この先つき合う子が現れたらどうしてくれようか…今までは偶然なかったけども。
結構可愛らしい子もいたんだけどなぁ…?」
「羽瑠…呪いでも始めそうな勢いだな」
「そんな、まさか?」
羽瑠は肩を竦めながらも目を怪しく輝かせていた。
「もう始めてるから徹ちゃんに彼女がいないのかもな…」
「お前な、バカ夏野!」
羽瑠は一発夏野を殴ったとき。
「おい、羽瑠、夏野!」
外から声がかかって羽瑠も夏野も肩をびくりと震わせて、顔を見合わせる。
羽瑠は黙ったまま顔を青褪めさせていた。
夏野は溜め息を吐いて立ち上がる。
「よ。徹ちゃん。
モテモテだな?」
夏野は告白をした張本人がいないことを確認して内心ほっと溜め息を吐いていた。
「あのな…お前ら本当五月蠅いぞ」
「聞こえてたか?悪いな」
「ぼそぼそ話すのはな…
女の子は気付いてなかったっぽいけど…
仲良い奴だったらすぐに分かる。
女の子に失礼だろ?」
「悪かったよ。偶然なんだ。
羽瑠がこの部屋にノート忘れたって言うから取りに来たらこんなことになってて…
仕方ないだろ?やっぱ気になるしな」
「…まぁ、別にいいけどな。
それよりさ、早く帰ろうぜーゲームしたいしな」
「ああ。今行くよ」
「下駄箱にいるぞー」
徹は言ってその場を離れていくのが羽瑠にも分かった。
夏野は羽瑠の手を取り、引き摺るようにするが羽瑠は顔を青褪めさせたままで動こうとはしなかった。
「怒ってた?夏野…」
「徹ちゃんが怒る訳ないだろうが。
話聞いてただろ?」
「…うん、まぁ」
羽瑠は浮かない表情で頷く。
羽瑠は溜め息を吐きつつ、立ち上がった。
「後で謝ればいい。
いつもやってるみたいに」
夏野は羽瑠の頭に手を置いた。
「今日の夏野は優しいね、変なの。
でも、ありがと、夏野」
「まぁ俺がノート忘れたのは本当だしな」
「いや、さっき私のせいにしたよな、お前。
ノート忘れたのは夏野か。バカだな、夏野」
最後に捨て台詞を吐いて、羽瑠は一目散に靴箱に急いで走っていく。
夏野は一人溜め息を吐いた。
「…人の気も知らないで…」
夏野は小さく呟いて、本当に教室に忘れていた自分のノートを手に取った。
夏野は特に急ぐこともなく靴箱に行くと、羽瑠と徹は楽しそうに談笑をしていた。
蟠りがある訳もない。
「徹ちゃんさー彼女作んないの?
告られたの今月入って何人目って話だよ。
可愛い子だったじゃん。今日の子も?」
「いいよ。別に。
今はいらない」
徹は羽瑠の頭を撫でて笑っていた。
夏野はその様子を眩しそうに見つめて、やはり溜め息を吐いてから声をかけた。
「帰ろうぜ、羽瑠、徹ちゃん」
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