High-School DayS
□High-School DayS XIV
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待てど暮らせど羽瑠は来ない。
今この家には夏野だけしかいなくて、静けさで満たされている。
何かあったのかと思って家に電話をかければ羽瑠は家にはいないと言われる。
羽瑠の家族が嘘を言っている風ではなく、不安に苛まれる。
自分の家から羽瑠の家までそんなに時間がかかるわけではない。
それなのに羽瑠はどこにもいない。
辺りを歩いても羽瑠は見当たらない。
もちろんどこかで怪我をしたり事故に巻き込まれたとかでもなさそうだった。
心配してもどうにもならない。
しかし居ても立っても居られなくて、ただイライラと座ったりそこら辺を歩き回ったりと落ち着かないでいた。
おそらく。
きっと自分の家に来るのを辞めただけだろう、と本当のところは夏野はそう思っている。
それが辛いのだと思って大きく息を吐いた。
でもここにきてどうしてこうなったのか夏野には分からなくて、それでもどうすることもできずに、もう家にいるしかなく待ち惚けた。
羽瑠と約束したのは午前10:00、寝坊を例えしていたとしても。
今はもう正午を回っていた。
羽瑠は懸命に走っていた。
腕時計を見れば、約束の時間から2時間も経っているのが分かった。
きっと怒られるだろう、と少し怖いなと思いながらも急ぐ。
そして結城家の玄関の呼び鈴を漸く鳴らして、弾んでいた息を整えるように胸を押さえていた。
思ったよりも玄関の扉が素早く開いて羽瑠は驚いて目を見開く。
まだ息は整ってはいなくて、はぁはぁと呼吸を漏らしている。
玄関の扉が開けばドアノブを握った夏野が立っていた。
夏野も目を見開いていて、ホッとしたような顔をした後にすごく怒った顔になって、手を思い切り強く引かれて、玄関に入らされて、背後の位置になった玄関の扉はゆっくりと閉まっていくのが分かる。
太陽の光は遮られて少しだけ、明るさが陰る。
息つく暇もなく羽瑠は声を上げる。
「夏野!!ほんっとごめんっ」
「お前、マジで」
夏野は大きく溜息を吐いて、羽瑠の腕を強く引いて抱き締める。
羽瑠の息はまだ落ち着かないままで、そのまま慌てるようにして夏野から離れようとする。
「な、夏野、待って、私、汗かいてるからっ」
「そんなもんどうだっていい!」
そんな風に大きな声で叱られるように言われて羽瑠は肩を縮こめてされるがまま抱き締められている。
「ご、ごめん…って、夏野、本当…ごめん…」
漸く息が落ち着いてくるのが分かるが、それでも状況は少しも落ち着いていなくて羽瑠は内心は焦っていた。
夏野の腕の力が更に籠るのが分かって、少し痛くて苦しいような気持ちになるが、羽瑠はそうは言えずにいる。
夏野は暫くそのままでいて、漸く落ち着いたように羽瑠の体を離す。
羽瑠は気まずそうに夏野の顔を見上げている。
「お前、怪我とか、ないよな、
本当お前何やってたんだよ」
夏野は羽瑠の体を改めるように見て、触れる。
「ごめん…怪我はないけど、
本当ごめん、実は、寝坊して」
「嘘つくなよ」
ぴしゃりとそんな風に夏野は言いながらもそのまま玄関に上がって羽瑠を促すように家にあげる。
「…う…ごめん…」
どうして嘘だと分かるんだろう、と羽瑠は内心不思議に思いながらも謝るしかない。
「心配するだろ、どこ探してもいないし、
事故とか、なんかあったのかと思って、気が気じゃなかった」
来るのが嫌になったのかと、そんな風に考えていたが、それは夏野は羽瑠には言えずにいた。
それでも今どうしても会いたかった人は漸く自分のところに現れて嬉しい気持ちも溢れる。
こんな風になるはずじゃなかったのに。
もう一度抱き締めれば、確かに微かに汗の匂いがする。本当に必死に走ってきたのだろう、と夏野にもそれは分かって安堵する。
逃げ出したのではない。
それでも羽瑠はどうしてか微かに体を震わせている。
柔らかい羽瑠の感触に夏野は目を瞑る。
本当は、もう2度と触れなくなるのではないかと不安になっていた。
「…ごめん、本当は、途中でね、その、
…徹ちゃんに会ったんだ」
「は?」
夏野は驚いて声を上げて、羽瑠から体を少し離す。
「夏野の家に行くなんてもちろん言えなくて、
上手く取り繕えなくて、ごめん本当、
連絡する暇もなくて、そのまま…」
「………いや」
怪我も何もない。それでよかったと思ったが、別の不安が頭をもたげる。
そのまま夏野は何も言わずに羽瑠の手を引いて、リビングの方に促す。
羽瑠も何も言わずに手を引かれるまま付いてくる。
羽瑠はきっと道中に武藤徹と会って動揺したのだろう。
夏野にはそれが目に浮かぶようで、何故か笑えた。
徹の顔を見ればきっといろいろ思うこともあるだろうということは夏野の想像に難くない。
それを思うと溜息しか出ない。
1番に本当に好きな男に自分に会う前に出会って仕舞えば、叶うはずもないと思い知っている。
そうしてきっと家に誘われて、出るに出られずどうしようもなくなってしまったのだろう。
羽瑠は夏野が溜息を吐く様子を見てまた焦るようにしているのが夏野にも分かってはいるが、お互い何も言えないまま、リビングのソファに座った。
「………………夏野、
ご、ごめん、心配したよね」
漸く絞り出すように羽瑠の方から言葉を溢す。
「…いや、ちゃんと来たんだから、いい」
そうは言うけれど、どうしようもない気持ちが胸の中に渦巻いて、上手く羽瑠に対して取り繕ってやれない。
会えたのは嬉しいのに、
羽瑠のことになるとどうしようもなく心が狭くなる。
それを止めようもなく、情けない、と自分自身で夏野はそう思った。
どうしてこんなに羽瑠のこととなると余裕がなくなるのか。
優しくしたい気持ちはあるのに。
どうしてこうなるのか、理由も判然としているが、分かっていてもどうしようもないこともある。
自分を伺うような羽瑠の視線も鬱陶しくすら感じてしまう。
絶対に、嫌われたくなどないのに。
「夏野、こっち見てよ」
羽瑠はそう言って夏野の服に両手をかけて無理やり自分の方を向かせる。
夏野は驚くがそのまま羽瑠に引かれるままに向き直って顔を合わせるしかなくて、どうしようもなく視線を逸らす。
好きな女の前で情けない思いをしたくはなくて。
羽瑠は少し気分を害したようにして、そのまま強く引き寄せて、キスをする。
羽瑠は静かに目を瞑る。
夏野は驚いたまま目を見開かせる。
そのまま一瞬合わせただけで離れて、そのまま間近で目を合わせるしかなくなってしまう。
どうしてこんなに胸を騒つかせるのか分からなくて、夏野は少し苦しそうに顔を歪める。
「ごめん、夏野は優しいから、心配してくれてたの、ちゃんと分かってたのに、本当ごめんね」
「……いや…」
それ以外に意味のある言葉を紡げなくて、羽瑠の顔を見ているしかない。
キスを自分からしたことに照れているのか、羽瑠の頬が少し赤く色付いて、恥ずかしそうに俯く。
「本当、徹ちゃん家、出るタイミングを失っただけなの、
完全にテンパって、なんて言って出てこればいいのか分からなくて、
電話かける暇もなくて、
ごめん、でも、絶対心配させてるの、分かってたのに、何言ってでもすぐ出てこればよかった、
本当ごめん、夏野」
「いや、俺も…
お前が、来ないんじゃないかと思っただけなんだ」
「絶対、来るよ、約束なんだから」
羽瑠はそう言って微笑んでいた。
胸が詰まる思いが止まらなくて、夏野は羽瑠の頬を包むように両手で触れる。
「本当、ムカつく…」
そんな憎まれ口を夏野は叩きながらも、またそっと目を瞑って唇を合わせる。
羽瑠も唇が触れ合う瞬間に合わせるようにゆっくり目を瞑る。
そしてすぐに唇を離す。
名残惜しくなって夏野はどうしようもなく羽瑠を抱き締める。
そうすればゆっくりと自分の背中に手が回されるのが分かって、愛おしさに拍車を掛ける。
「ムカつくけど、やっぱ好きだ」
「なにそれ、夏野、馬鹿だな、
でも、ありがとう」
そう言って羽瑠は声に出して体を震わせて笑っている。
夏野は力を込めて羽瑠を抱き締めた。