High-School DayS

□High-School DayS XII
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「また2人でどこか行かない?
…村だとさ、色々とあれだし…」



羽瑠は周りに聞かれないように声を若干潜めて夏野に話しかける。



「…それっていつ?」


夏野は羽瑠の方を見ずに言う。


「別にいつでもいいけど」



放課後、皆が帰り支度を始めている時のことだった。

羽瑠は夏野に話しかけるタイミングをずっと伺っていたが、なんとなく機会を逸していつの間にか放課後になっていた。



「じゃあ、今からは?」


「えっ、それはさすがに急じゃない?」


羽瑠は驚いたように言う。



「なんも予定ないだろ?」


「ま、まぁ確かに別に何もないけどね」



「じゃあ、時間差で教室出るか。
俺が先に行くから羽瑠はあとでゆっくり来れば」


「えっ待ち合わせはどこにすんの?」



「溝辺町の新しくできたカフェ分かるよな?」


「あっ、分かる!」


「じゃあそこで」



夏野は帰り支度を終えていてそのまますぐに教室を出て行った。

羽瑠はもたもた準備をしながら嬉しいような楽しいようなふわふわした気持ちでいた。










溝辺町にやって来て、新しくできたと言う噂のカフェに行く。
店内は賑わっていたが、座るところがないわけじゃない。
夏野を漸く探し出して、向かいに座る。



「…おっそ」


「いやいやゆっくりでいいってあんた言ったよね!」



「別に冗談だろ。ムキになるなよ。
何飲む?なんか買ってくるけど」



「いやいいよ自分で買うよ」


「どうしたんだよ、そんなキャラじゃないだろ」


そんな風にはっきり言われて何となく羽瑠は押し黙る。
確かにキャラではない。
でも何となくこう言う関係になると遠慮した方がいいような気分になる。


「遠慮すんなよ別にこれぐらい」


「あ、ありがとう、私もなんかまた奢る」



「いいって」


夏野の優しさがこそばゆい。
本当に夏野は自分のことが好きなのだ。そうとも言われなくてもきちんと気持ちが伝わってくる。
小恥ずかしいような気持ちもあるが、それよりもやはり嬉しさが勝る。

こんな気分は味わったことはない。


たぶん1番に好きなのではない。徹を忘れたわけではない。
それでもこれでよかったのだと本当に思えるくらいに羽瑠は嬉しい気持ちになっていた。







「徹ちゃんにはなんか言ってるんだったか?」


「ああ!そうだったね。
とりあえずどうしていいか分かんないから誤魔化しといた。
あの日は夏野には会えなかった、返事もしてないって言ったけどまずかったかなぁ…」


羽瑠は考えこむようにするがそれ以外に徹に何と言えばいいのか思い浮かばなかった。
確かにまだ徹以外の他人にもあまり知られない方がいいとは思う。


「…後悔してないか?」


「夏野ってばそればっかり。だから大丈夫だって!」


「それならいいんだけどな…
でも徹ちゃんともなんか話し辛くなったな」


「夏野がそんなこと気にしなくていいと思うけどー
夏野が誰を好きでもあんま関係なくない?」


夏野は苦笑だけで返す。
それが関係ないわけではないのだが、羽瑠がそれを知る由もない。

徹はきっとこの先も当分の間は羽瑠に何も言う気はないのだろう。

それでも自分とつき合うことになったと知ればそれはどうなるかは分からない。

せめて大学までこの関係を隠し通せれば、何とかなるかもしれない。
そんな狡いことばかり考えながら、微かに罪の意識に苛まれる感覚がする。



「映画でも見に行くか」


「おっいいね!映画は久しぶり!」


羽瑠は夏野の気持ちなどに気付くはずもなく楽しそうに笑っていた。

それを見て仕舞えば夏野も罪の意識は薄れる気がする。
この笑顔を自分だけが見ていたい。

そう思った。













映画館はそれなりに人が多くて、2人でくっついてパネルを見ていたが、羽瑠は一つの映画を指刺す。


「これ見たかったんだよねー今話題のやつ」


今流行の恋愛映画。
夏野としてはできれば避けたい気もするが、羽瑠はそれを見る気満々のようだった。


「恋愛映画とか興味あったか?」


「そりゃあるでしょ。女子ですから」


「…そうだったのか…」


「えっ、あんた何とつき合ってるつもりだったの?
馬鹿にしてない?」


夏野が鼻で笑えば羽瑠はむすっとして怒っている。
こういう気兼ねない関係が心地よい。
なぜ好きなのかと問われれば困る気がする。

言うなれば全てが心地よい。自分に合っている。

この空気感が好きだった。









映画が終わって外に出ると辺りはもう暗くなっている。


「キュンキュンする映画だったねー!」


「…そうか?」


「そうだよ!」



羽瑠は満足そうにその映画の感想を語る。
夏野は空返事をしながら羽瑠が話しているのを聞いていた。

どんな話でもよかった。こうして並んで歩いて話せるだけで夏野は満足だった。




「羽瑠、手繋いでもいいか?」


「えっ、うん」


羽瑠はそう言って手を差し出す。
夏野はその手を取り絡ませて繋いで強めに握る。

羽瑠は少し驚いたようにするがそっと握り返されるのが分かって夏野は微かに安心したように笑う。


こうして2人で歩けるようになるとは思っていなかった。
1番でなくてもいい。
こうして触れられて声を聞けて、笑顔が見られて、これ以上の幸福があるだろうか。

どんどん気持ちが深みに沈んでいくのが分かる。

こうなる前はどうやってこの気持ちに折り合いをつけていたのか分からなくなる。


失うことはもうできない。

以前のようにはきっと戻れない。


夏野は羽瑠の横顔を見て不安に駆られる。


羽瑠はその気持ちを知ることはない。
今でも楽しそうにして、なんの邪念も湧かない。

徹への気持ちなど本当に元からなかったのではないかと思えるくらいに違和感がなく自分の側にいる。





バスに乗り村近くの駅に降り立つ。

羽瑠は眠そうに目を擦っていた。


手を繋ぎながらゆっくり2人で歩く。

話疲れたらしく羽瑠はもう何かを言うこともなかった。


夏野はそっと立ち止まって羽瑠の手を引く。

羽瑠は首を傾げて夏野を振り返っている。





「羽瑠、抱き締めてもいいか」





ぎこちなく羽瑠は頷いていた。
その表情を見て、夏野は羽瑠の背にそっと手を回す。
羽瑠も答えるように夏野の背に手を回して柔らかく抱き締める。



「…はぁ…なんか、恋愛映画よりキュンキュンする感じ…」


「次もまたこうやって出かけたいな」


「うん、またどっか行こ。村の中だと微妙だしね…
家も親いると微妙だし、外も誰に会うか分からないしね」


「それなんだけど、今週日曜、父さんと母さんが帰ってくるの遅いんだけど、うちに来ないか?」


「あっそれならいいね。オッケー
頭のいい夏野様に勉強でも見てもらお」


そっと体を離せばにこりと笑って羽瑠は夏野を見上げてくる。

いつまでも続いて欲しい。

家に帰したくない。ずっと傍にいたい。


大人になればそれも叶う。高校生という身分を鬱陶しく思う。


夏野は羽瑠の肩を抱き寄せて歩き出す。
羽瑠も特に抵抗することなく抱かれるまま歩いていた。






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