High-School DayS

□High-School DayS [
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「パンなんかいらねーよ…!」


羽瑠から可愛くない言葉が返ってくる。
羽瑠は不満そうに顔を歪めながらそう答えていた。

夏野も顔を顰めながら羽瑠を見上げる。


羽瑠は手にパンの入った袋を持ちながら、名残惜しそうな顔をして、それを投げようとしていた。

そのとき、間抜けな音が羽瑠から鳴り響いて、羽瑠は驚いたようにして、そのパンの袋を手から取り落としていた。


そのパンの袋は屋上のコンクリートの上にぽとりと落ちて、羽瑠は顔を真っ赤にさせながら、額を押さえていた。

夏野は遠慮せずに笑っていた。


まだ羽瑠の腹の虫は収まらないようだった。


「くっそ…静まれぇ…」


羽瑠は呻くように言いながら、顔を引っ込めて夏野からは見えなくなってしまった。


そのまま羽瑠は、顔を出さない。


夏野は落ちたパンの入った袋を取り上げて、溜め息を吐く。


「腹減ってるんだろ」


暫らくしてから羽瑠から返事が返ってくる。


「…大丈夫よ、構わないで。馬鹿夏野」


「構うに決まってるだろ。梯子降ろせ」


そう言ってやると、羽瑠はひょっこりと顔を出して、心底信じられないといったようにして、夏野を見下ろす。


「…本当、何でそのこと知ってるの…」


「頭がいいからな」


「バカじゃないの。
絶対知られていないと思ってたのに…」


羽瑠は不満そうにぶつぶつと文句を言う。


「それは残念だったな」


そう返してやれば、羽瑠は諦めたように小さく溜め息を吐く。


「まぁいいわ…取り敢えず構わないでよ」


「そうはいかない。お前腹減ってるんだろ」


「…別に死んだりしないわ」


「俺もそこに登りたい」


「駄目!」


羽瑠は言い聞かせるように人差し指を突き出して言う。


「お前、そんなことばっかり言ってるなら教師呼ぶぞ」


そこで羽瑠は顔色を変えていた。
そして、俯くようにする。

自分の言葉を暫し吟味しているようだった。


そして、じっと睨め付けてくる。


結局、羽瑠は諦めたような、そんな瞳をして、梯子をそろそろと降ろしていた。


夏野は降ろされた梯子に足を掛けて、あっと言う間に登って、梯子を回収してしまった。


その場所は広くはないが、思ったより居心地は悪くない。

誰からも見えないスペースだからだろうか。


羽瑠は自分の鞄や、ビニールシートなどを持ち込んでいて、夏野は小さく笑ってしまっていた。


羽瑠は不機嫌そのものと言った様子でいた。

自分には会いたくなかっただろう。


「意外と居心地がいいな」


「……」


「ほら」


夏野はそう言って、パンの入った袋を羽瑠に差し出した。

羽瑠はどこか申し訳なさそうに、それをおずおずと受け取っていた。


それでも手早く袋を開けるとはむとパンを口いっぱいに頬張っていた。

腹が減っていたのだろう。
体調が悪いわけではないらしい。


「…なに、見てるのよ」


羽瑠は心底不快そうだった。
思ったより自分は羽瑠のことを見つめてしまっていたらしい。

夏野は僅か視線を逸らそうとしたが、それでもやはり見ていたくなった。

だから遠慮なく真正面から見据える。
羽瑠は少したじろぐ。


「可愛いと思って」


「は…?」


羽瑠は訳が分からなさそうに、パンを頬張って、咀嚼する。

可愛い、という意図は全く伝わっていないらしい。


まさか自分が羽瑠を好きなどとは思いもしないのだろう。


「そういえば飲み物忘れたな」


途中で羽瑠を奇しくも見つけ出して追いかける羽目になってしまったからだが。


「…いいよ。それはあるから」


羽瑠はぷいと顔を背けながら、ペットボトルのお茶を取り出す。


「…お前のためじゃない。自分の」



「それ、別に飲んでいいよ」


羽瑠は、さらりとそう言う。
相変わらずだとそう思った。


間接キス、だ。
そんな風には羽瑠は、思わないのだろう。


直接羽瑠にキスなどできるはずもないが、それでも間接キスでも自分にとっては大きなことだ。

本当に人の気も知らないでどこまでも煽ってくれるものだと思った。


「で、お前昨日もずっとここにいたのか」


「……まぁ」


羽瑠は頷くようにする。
思い出すようにしているのか、羽瑠がどこか気まずそうなのは気のせいではないだろう。


「昨日、俺がここに来たの知ってただろ」


「…知ってた。ここから見てたし…」


羽瑠は顔を背けながらパンを遠慮気味に齧る。


「…だろうな。それ見て笑ってたんだろ、お前」


羽瑠は何も応えずに、吹き出すようにしながら、息を洩らして、肩を小刻みに揺らす。
そして顔を背けて笑っているのを誤魔化すようにした。

少し不愉快だった。
目を細めて苦しそうにしている羽瑠を見る。


「さぞ間抜けに見えただろうな」


「……ま、まぁ。夏野がって考えると笑えた」


「お前な…」


どこか変わらない羽瑠に安堵感を覚えた。

あんなことがあって、羽瑠がまともに学校には来なくなっても意外と普通にできるものだと思った。


羽瑠がツッコミどころの多い破天荒だからだろう。

こんな真似をしてみせる女などそういないはずだ。

会話は尽きない。


「…ねぇ、何で私を追い掛けたの」


羽瑠はパンを食べながら、訊ねる。


「逃げるからだろ」


「逃げたら追うの?」


「お前だから、追った」


「もしかしなくても探してくれてた?心配して?」


「当たり前だ。俺のせいなんだろ」


羽瑠は驚いたように目を丸くして首を振っていた。

小さく首を振ってから、夏野を真っ直ぐに見上げていた。


「…違うよ。
私、考えていただけ…
夏野がどうとかじゃ、ない…」


羽瑠は、パンを一口齧って咀嚼する。


羽瑠はどこか言い難そうにしていた。

俯きながら、考え込んで、パンを食べる手を止めていた。


「それで、お前今日も早いバスで?」


話を逸らすと、羽瑠は顔を上げていた。
一度首を振る。


「今日は遅刻した。一本遅いバス」


羽瑠は淡々とそう返す。
夏野は呆れて息を洩らす。


「……早起きしないでよかった」


羽瑠に会うために一本早いバスで行こうかと思っていたのだ。

それでも学校で会えるだろうと思って、それはやめたのだが。

それでも結局は思ったよりも意外と今日会うのに梃子摺ったため、朝早く出ていればよかったとどこかで感じでいたのだった。

どこまでも予想外なことをしてくれる女だとそう思った。


「じゃあ靴は?靴箱になかったよな」


「持ち歩いてた」


「…そうかよ」


「靴箱勝手に見ないでよ。この変態」


「…お前な」


「ラブレターとか入ってたらどうすんの。気まずいでしょ」


相変わらずの物言いだと思った。
そのことに安心してしまう自分はどこまでもおかしいのだろう。


「誰がお前に…」


ラブレターなど、とそう言おうとした。
それを察したのか羽瑠は素早く言葉を切り返す。


「失礼ね」


夏野は笑ってしまう。


「まぁそうだな。お前を好きな物好きな奴もいるんだろうな」


例えば、自分とか。
他にも、意外といるに違いない。


こんなにも、好きなのだから。
羽瑠以上はいないと思う。


「そうよ。こんな私でもいいっていう人はこの世界のどこかにいるんだからね!」


羽瑠は憤慨したようにそう言っていた。


「それで今日は?どこにいた。
ここじゃなかっただろ」


「和室」


すぐさま羽瑠は答えに掛かる。


「は?」


「抹茶飲んでた。先生に誘われてね」


羽瑠は答えるようにそう言っていた。

長い溜め息を吐いていた。
まさかそんなところがあるなどと、知るはずもない。

普段は茶道部とかが部室として使っているような部屋なのかもしれない。

そんなもの知るはずがない。

そんな知り合いがいることも知らなかった。


羽瑠に関しては本当に行動が読めなさすぎる。


行動パターンを読もうとしたが、やはり無理だったようだ。


自分などでは羽瑠の行動は測れない。


「本当、羽瑠、お前はおかしな奴だな」


心底呆れて、言葉がただただ口を突いて洩れていく。


「私を探し回る夏野も随分変だよ」


羽瑠は染み染みとそう言って、ペットボトルのお茶を飲んでいた。


「でも何で分かったの?
ここにいるって」


「何となくだよ。お前屋上好きだろ」


「そんな話したっけ」


「してないと思うけどな、何となく」


「すごいね。確かに私は屋上好きだよ」


「だろうな。いつからここ使ってんだよ」


屋上から一つ高さの上がったこの場所を、羽瑠はいつから。


「さぁ。入学してすぐに登ってみたけど。梯子はずっとあったし」


「誰も知らないのか」


「たぶん。今まで誰かが来たことないし…
私と夏野だけ」


その言葉を聞いてどうしてか嬉しくなった。

この場所を知るのは自分と羽瑠だけだと思うと、ここは誰にも知らせたくなくなっていた。


二人だけの共通の秘密。

そんな風に思ってしまうのが、切ない。
羽瑠は決して自分のものにはならないのに。


羽瑠が求めるのは徹だけだから。

こんなに好きで、確かに欲しいと思っているのに。

会えただけでこんなにも満たされるのは相手が羽瑠のときだけだ。


その顔を見ているだけで、心はいっぱいになる。


久々に顔を見れたと感じるから、尚更想いも募っていく。


可愛くて、愛しくて、好きで。
堪らなく、欲しいと思う。


徹が好きでさえなければ、自分が手に入れていたようなそんな気がする。


両想いでなければ、自分が羽瑠の想いを逸らしてやっていたはずなのに。


羽瑠が徹に想いさえ伝えれば、それでいいのに。
叶ってしまう。

だからこそ、自分がその邪魔をするのは忍びない。
そんな風にも思う。


「なぁ、羽瑠…」


呼び掛けながら、手を伸ばし、その髪に触れる。

触れたくて堪らなくて、それを拒否はしない羽瑠に甘えて、触れていた。


柔らかな感触に酔う。


どこまでも愛おしい。


「なに、夏野?
謝るとか、ないからね。止めて。
別に怒ってるとかじゃ、ないから」


「でも嫌だっただろ。
傷付けたんじゃないか?」


「…あの後すぐは、腹立ったけど…
でも私のことは、いいのよ…
徹ちゃんにはちゃんと謝ってね」


「ああ。謝った」


本当に徹に謝っただろうか、と少し思いながら、そんなことで今の自分の心は囚われない。


「…悪かったな」


「…もう。
謝るなって言ってるでしょ?」


羽瑠は不愉快そうに、夏野を見る。
その瞳は小さく揺れている。

どうしてこんなに不安そうなのだろう。

自分がこの不安を取り除いてはやれないのかと、そんな風に思ってしまう。


「ごめん」


「だから…」


「それでも避けさせたのは俺だろ。
朝早く起きることになったのも、授業に出られなくなったのも、葵とか徹ちゃんにまで会えなくなったのは、俺のせいだろ」


羽瑠は、考え込むように俯いていた。

思い詰めたように、黙り込む。


「お前がいないと駄目なんだよ。
村の奴らも、クラスの奴らも」


「何言ってるのよ」


「本当のことだぞ、羽瑠。
お前がいないと駄目なんだよ」


「夏野…」


羽瑠は小さく微笑んでいた。
儚い笑顔だった。

綺麗だ、とそう思った。


「…ありがと」


そう言って、嬉しそうに笑ってくれた。
満たされる。

伝えよう、とそう思った。


伝えればそれからは避けられても、無くしても、それで仕方ないから。


きっとこの先にも、避けられることがあるかもしれない。

伝えなくても、どこか自分の想いが表出して、羽瑠を追い詰めてしまう。


今回も単なる自分の嫉妬だろうから。

たとえ寝込みであっても、徹ならば羽瑠も受け入れるだろう。


何をされても、羽瑠は徹なら。

きっと。


なんて羨ましいと、そう思うのはおかしいと思う。

自分は羽瑠に何もできない。


誤魔化すようにその頭に触れられるだけだ。
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