Toshio's ROOM

□docter and monk
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寺に往診に来ているときのこと。

諸所の検査を一通りするだけで、診察は自分だけでいい、と先生に言われて、朱音1人別の部屋に通されていた。

そのときにお茶を持ってきてくれたのが若御院で、朱音はふと話してみたくて、声を掛けていた。




「若御院って、先生と仲良いですよね」


当たり障りのないことを言ったつもりだった。
それでも若御院が少し驚いたようにしているのが朱音にも分かった。


「…まぁ、幼馴染なので、昔からの馴染みなんです」


突然話しかけて吃驚させてしまったようだったが、すぐにそう答えてくれて穏やかな表情で微笑んでいて、こちらまで穏やかな気持ちになる気がした。

先生とは全然違うなぁと朱音は思った。

優しくて温和で、嫋やかな様子は住職らしいと言える。


若御院はこちらを見て不思議そうにしていた。

何か言わなければと思うし、他にも聞きたいことがあるような気がしているが、なんと言ってよいか言葉が上手く浮かばない。



「何か、聞きたいことがあったのでは」


そういう表情をしていたからだろうか。
そう柔らかな口調で若御院に訊ねられると申し訳なさで苦笑してしまう。


「すみません、そうですね、聞きたいことが、あったはずなんですけど、上手く言葉にならなくて、すみません」



「いえ、
確か、村に来られて1年ほどでしたよね」


「あ、はい、そうなんです。
ご存知なんですね、なんだか光栄です、ありがとうございます」


「そんな、光栄だなんて、そんなことはありません。
でも大変ですよね、看護師さんって。
敏夫の下で働くの大変じゃないですか」


敏夫、という名前を聞くのも新鮮でなんだか微笑ましく感じられた。
あまり他からその名が出るのを聞いたことがなかったから。

親友、なんてなんだかあの先生を思うと不思議な感じだ。

そういえばこの人の名前は何て言うんだろう、たぶんどこかで聞いたことがあるのだろうけれど、失念してしまった。


「いえ、先生にはとてもよくしてもらっているんです。
すごく働きやすいんです、他のみんなもそうだと思います」


「そうなんですね。それなら、よかったです。
村にも馴染めているなら、尚更」



ほっと息を吐きたくなるような声色で、どこまでも柔らかい印象が拭えない。
落ち着いている人柄だ。こちらまで心が落ち着いてくる。
こんな人も珍しい。
ある意味興味を持ってしまいそう。
この村のこと、先生のこと、その関係などいろいろなことを聞いてみたい。



「若御院って、お優しいんですね。
先生も優しいですけど。
私、この村に来てよかったです」   



「敏夫が優しいっていうのも、なんだか変な感じがしますね。
でも正義感が強くて、しっかり医師という仕事をしていると思います」



「そうですね」


きっと2人には2人の繋がりがあるのだと思うとなんだか微笑ましい感じがした。

暫く先生が御院の診察を終えるまで、朱音は村のことなどを話して聞かせてもらっていた。



先生が診察から戻って自分たちが話し込んでいるその様子を見た時は、少し驚いたようにしていたのが少しおかしくてちょっと笑ってしまった。









御院の往診を終えて、寺から出たところで先生が自分を振り返る。


「静信といつの間に仲良くなったんだ」


先生が訝るようにそんなことを口にする。


「そういうお名前でしたね。そうでした、みんな若御院と呼ぶものだから、忘れちゃって」


「君が玉の輿に興味があるとは思わなかったが」


「まさか、ないですよ」


「言っておくが別に俺は妬いたりしてるわけじゃないぞ」


念の為、一応と言う風に先生が注意するように言うものだからふと笑ってしまった。
先生はますます顔を顰めるばかりで朱音は慌てて取り繕う。


「わかってますよ、そんなの言われなくても。先生がそう言うタイプじゃないって。
でも私だったら先生が他の女の子に乗り換えたりしたら妬いちゃいますけど」


そう言って悪戯っぽく笑えば先生は呆気に取られたような顔をしていて朱音は吹き出してしまう。


「嫌ですね、先生、冗談ですよ。
本気にしないでください?」


「全く、君は」


そう言って先生はブツブツと何かを言っているが、ちゃんとは聞き取れない。


「そういえば、村の形って三角形みたいな形で、周りを樅の木に覆われてるって知ってました?
その樅の木で卒塔婆を作っていたから外場村って言うんですって」



「俺が知らないわけないだろう」



「やっぱり、そうなんですね、
室井さんのお話、面白くて。物知りですよね。お話が上手で」



「そりゃ坊主だからな」



「確かに、それもそうですね」



「それから、村の中では若御院、って呼んでいた方がいい」



「はい、先生の前だけにします。
若御院、も若先生、も違和感しかなくて」


「そうだな、俺も違和感しかない」


そう言った先生の顰め面がなんだかおもしろくて朱音は吹き出していた。

そうやって立場を持ち上げられるのは本人達にとって居心地の悪いものなのだろうとおもった。


1人の医者であって1人の住職に他ならないのだから。
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