徒言

□ホストクラブU
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 繁華街の喧騒を避けて、静かに店を構える高級ホストクラブ『ファントムハイヴ』。
 政界の大物や上流階級の婦人だけが集うクラブのその客層に、最近、少し変化が見えた。


「では住んでいる場所は秘密という事だね?」
「……すみません。ここではプライベートな話をしてはいけない決まりになっていますので」

 上質なスーツに身を固めた初老の紳士は、にっこりと柔らかい笑みを浮かべると、名無しさんの腰に手を回した。
「律儀だね、でもそこがいい。どうかね? 私のマンションが一室空いているのだが、そこへ移っては? セキュリティーも万全だし、ここにも近い。君が受け取ってくれるなら今この場でキーをプレゼントするよ?」

 名無しさんは困ったように笑った。
「そのような高価な贈り物は頂けません」
「なるほど、では高価な物でなければ受け取ってくれるわけだ?」
「お人が悪いですよ、ブランデル様」
「君の困った顔は本当に可愛いね。もっと困らせてみたくなるよ」
 ブランデルは体を寄せ、名無しさんの腰に置いた手をさするように上下に動かした。

 その二人を柱の陰から見ている者がいる。

(近い!! 顔が近いですよ! あのゲス野……ではなくて、グリーンメディカルグループの会長様! 名無しさんの腰に回したその薄汚い手を今すぐ退けなさい!)

 そんな心の声が聞こえて来そうな形相で二人を凝視しているのは、このクラブでナンバーワンのホスト、セバスチャンだった。
 掴んだ柱にピシリと小さな亀裂が入る。
「セバスチャンさん、どうしたんですか? 悪魔みたいな顔になっていますけど?」
 食い入るように奥のテーブルを見続けているセバスチャンに、フィニアンが声をかけた。
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