灰色の天使

□偽装
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 いくらか秋めいた風が、銀色の髪を撫でて通る。
 薄いチュールが重なる水色のドレスの裾が舞い上がり、名無しさんは慌てて手で押さえた。
 傾いた陽光が、きれいに刈られた芝生の上に、自分たちの長い影を伸ばしている。
 小高い丘の上にある公園には、夕方という時間帯もあってか、人の姿もまばらだった。

「シエル様……」
 名無しさんは落ち着かなさそうに、隣の主人の名を読んだ。
 振り向いた彼は長い髪を可愛らしく二つに結い、その上にはピンクの花をあしらった帽子、それにふわふわとしたピンクのドレスを纏っている。
 しかし彼は、その愛らしい素材に不釣り合いな鋭い眼力で名無しさんを睨んだ。

「その名で呼ぶな」
「すみません」
「この場所は外れだったかもしれないな」
 シエルは視線を戻すと、いたずらに風に舞う髪を煩そうに押さえながら、足早に通り過ぎていく人々を眺めた。

 二人がこの公園にやって来たのは、およそ三時間前。それから何をするでもなしに、ぶらぶらと時間を潰していた。
 もちろん本当に暇を潰している訳ではない。これは捜査という、れっきとしたシエルの“仕事”の一環だった。
(しかし、またこれに袖を通すことになるとは……)
 名無しさんは、俯けば見える自分の衣装に目をやった。

 少し前に、戯れにエリザベスから送られた水色のドレス。
 背中まである銀色のウイッグと共に身に着けさせられた名無しさんは、今はどこから見ても貴族の娘だった。
 こんな姿で外に出て、周囲の人の目にはどのように映っているのだろう。
 居心地の悪さに、今日は何度目だか分からない溜息を、その胸の内でついた。

「そんなにあからさまに嫌な顔をするな。お前のせいで、僕までこんな格好をする羽目になったんだぞ」
「シエ……じゃなくて、シェリル。その理屈は横暴です」
「どこがだ、その通りじゃないか!」
 人にはするなと言っておきながら、自分の方こそ盛大な仏頂面をしているシエルに、名無しさんは呆れるしかなかった。
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