黒い鳥籠

□落手
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どれくらいそうして座っていたのか、名無しさんはハタと気付いて立ち上がった。
(何を大人しく座っているのだ、私は。こんな所に長居は出来ない。天には帰れずとも、悪魔に従う必要はないのだ)


名無しさんは部屋を出た。
意外な事に、何の邪魔も入らなった。

そのまま廊下を通り庭に出る。
少し離れたテラスではテーブルが用意され、シエルと客人らしき人間が座っていた。
セバスチャンはシエルの一歩後ろで、何事も無かったかのように仕えていた。

名無しさんの胸に苦いものが込み上げてくる。
そのまま背を向け、その場を去ろうとした。


その時、仄かな薔薇の香りが風に乗って運ばれてきた。
思わず足を止め、その方を見る。
少し高くなった陽光が、池の水面を煌めかせていた。


数年前のファントムハイヴ家が蘇ってきた。
シエルの両親、幼いシエル、使用人に黒い大きな愛犬(ああ、そう言えばあの犬の名がセバスチャンだった)。
幸せそうに皆が笑っていた。

私は空の高いところから見守り、この幸せが今度こそずっと続くようにと願ったのだ。


だが、悲劇は起こる―――。

夜の空を真っ赤に染める炎が、つかの間の幸福を焼き払った。
シエルの愛した者が死んでゆく。
小さく震える魂が、絶望の淵に沈んでいくのを、ただ見ていた。

空の、高いところから…。
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