戯言

□夢のつづき
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怖い夢を見た後は、にぎやかで明るい現実に安堵するように、悲しい夢を見た後は、誰かの温もりが欲しくなるのかも知れない。

涙に濡れた目を開くと、そこにはこの悪魔がいた。

「泣いているのですか?」と優しく涙を拭ってくれた。
辛い夢を一刻でも忘れさせてくれるために、この悪魔はここにいるのだ。

そう…だから―――。

今は、甘い現実の夢を。
甘美な渦に翻弄されて、全てを忘れる、束の間の夢を下さい。



あるいは、こちらが夢なのかも知れないと思わせる端正な顔を、名無しさんは両腕で引き寄せた。
口付けると伝わってくる温もりが、現実であることを教えてくれる。

「セバスチャン…」
名を呼ぶと、優しい笑みが返された。
白い手袋がふわりと泳ぎ、名無しさんのまつ毛に絡んだ髪を払い落としてくれる。
「欲しいのですか?」
セバスチャンが問う。
いつもなら「まさか」とそっぽを向くのだろう。

だけど、今夜は……。
名無しさんは素直に頷いた。

「わかりました。では…」
手袋が目の前でゆっくりと外された。
白く長い指の先には、漆黒の爪。
それが滑らかに動き、するりと自らのタイを引き抜く。
ベストのボタンを爪弾くように外し、上着と共に脱ぎ落した。
流れるような一連の動きを、名無しさんはただ見ていた。
いつもきっちり着込まれたこの人の、このようにラフな姿を見るのは自分だけかも知れない、などと思いながら。

セバスチャンの手がそこで止まる。
ベッドの横たわったままの名無しさんの手を取って引き起こし、向かい合うように座らせた。
そしてニッコリとほほ笑む。
「ここから先は、あなたのお好きにどうぞ」
「え?」
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