徒言

□Snow angel
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「昨夜から降りだした雪は、一夜で世界を純白に変えていました。

 新雪の上に新たに舞い落ちる雪。
 朝陽を請けて輝くそれは、まるで妖精の戯れです。

 足を踏入れるのもはばかられる神聖な光の世界に、それでも一筋、聖域を侵すことを恐れぬ傲れる者の足跡が。
 いったい誰かとその先に目をやれば、……ああ、なるほど。
 彼ならばいたしかたありません。
 いえ寧ろ、彼のためにこそ、この美しい世界は存在しているのでしょう。

 花壇の端の方で膝をついた彼は、白魚の指が赤く染まるのもかまわず、雪を掻き分けています。
 掘り出したそこには、蕾をつけた数輪のスノードロップが。
 間もなく開花だというのに、無惨にも皆雪の重みで潰されてしまっています。
 折れた茎に彼の手が添えられ、そして奇跡が起こりました。

 澄んだ光が散ったかと思うと、折れていたはずの花たちが蘇り、蕾は可憐な花弁を開かせたのです。
 彼の背には銀色の翼が、まるで世界の不浄を全て洗い流すかの如く、神々しい輝きを放って広がっていました……」



「そうか。それは神聖だな。不浄の塊のようなお前が洗い流されなかったのは奇跡だな。良かったな」

「何をおっしゃいます、坊っちゃん。彼を前にした私は、天の光を純真無垢に焦がれ続けるただの男です。
 彼をこの腕に抱く夜を待ちわび、私のこの飢えと苦悩を解らせてやらんと願う、憐れな男なのです」

「それを不浄と言うんだ。いいからもう行け、紅茶が不味くなる」

「せっかくお茶うけにと、今朝の美しい光景のお話をして差し上げたのに」

「美しいのは光景だけで、お前の邪心はちっとも美しくない」

「やれやれ、相変わらず冷たいおっしゃりようです。ご命令通り私は下がりますが、おひとりでも執務をサボったりなさいませんように」

「分かった、分かった!

 ……ったく。あんな悪魔のどこがいいんだか。バカな奴だ、名無しさん」


END

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