短篇
□恋が始まる
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雪。一面の銀世界で、彼はぼんやりと座っていた。いや、何かしら考えているのかもしれないが、遠目からでは僕には全く分からない。
元々、かの図書委員長ほどではないが、彼は多くを語らず表さない。けれど彼の友人曰く寡黙なのではなくものぐさなだけらしい。たくさんのことを考えて、たくさんの言葉を思い浮かべているのに、それを音にするのが面倒だから不思議な沈黙を落としてしまうのだとか。
「綾部、今君は何を考えているの?」
「大福がたべたいなぁと」
ちょっと拍子抜けしてしまった。
だってこの寒さの中何を考えていたかと思ったら大福のことだよ?笑うなというのが無理な話でしょう。
「お腹空いたの?だったら学園に帰ろうよ」
「別に空腹なわけではないです。あなたが探しに来てくれたと分かったら、とたんに大福が食べたくなったんです」
だからもう少し帰りたくないんですよ、分かりませんか?と笑む顔はやっぱり仏頂面で。
うん分からない、ごめんね。と謝ったら、そりゃそうだと返された。
「だって私にも分かりませんから。帰りたくないなんてどうして思うのか」
「そうなんだ。不思議だね?」
「はい」
でもよくあることだと思って、特にその話題を掘り下げることはしなかった。それよりも、彼はいつまでここにいるつもりなのだろう。
空気の乾燥して寒いのに、彼の指先や鼻先が赤くなってしまっていたのに、彼はやっぱり動こうとしなかった。
「大福食べに行きましょうよ。私がおごりますから、ね?」
ふんわりと微笑んだ顔はとても可愛らしかった。慣れていないからかな、とても心臓がドキドキと早鐘を打っている。
「……そうだね、行こっか」
返事をした途端にぎゅっと握られ引かれる手のひら。いつの間にか彼は僕の前をずんずん歩いて、僕はまだ小さな背中を見ていた。
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恋する少年