短篇

□合図
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※リクエスト作品です

合図



目の前が白に覆われ、次に肉を裂く鈍い音がした。じわじわと白に咲く赤い花を、蔵馬は夢でも見ているかのように眺めていた。

(悪い…夢、だ…)


煙鬼から、人間界で重罪を犯した妖怪の討伐を頼まれた2人は、早速その妖怪が頻出するエリアに向かった。
元々幽助にきた依頼だったのだが、たまたま傍にいた蔵馬が頑なに同行を申し出たのだ。用心に越したことはないでしょう?と言う蔵馬の笑顔が、いつにもまして胡散くさいと思いながら、断る理由はそもそもないと、幽助は承諾した。

霊気は妖怪を引き寄せる。
既にほとんど妖化してしまっているとはいえ、南野秀一は人間。多少はその身体に香る霊気に鼻をくすぐられ、案の定妖怪は現れた。

「何か囮に使ったみてぇで嫌だな」
「立ってる者は親でも使えってね」

軽口を交わして、すぐに臨戦体制に入った。
2人にとっての誤算は、その妖怪がA級クラスの実力者であったこと。



「テメェらみてーなガキが!俺様を殺ろうってぇのかよ!!」

過信といえども、腕に自信のある妖怪のようで、2人を小馬鹿にしたような態度を崩さなかった。
ただ、さすがはS級クラスである幽助と蔵馬に押され始めた妖怪は、苛立ちから徐々に口調が荒れ、攻撃も乱れはじめた。

普通に考えて、たかだかA級妖怪がS級妖怪ふたりにかなうはずがない。
さらに言えば、頭を使わない直情型の戦略が、百戦錬磨の蔵馬の戦術に勝てるわけがないのだ。加えて、純粋な体力勝負や場数なら幽助に勝るとも思えなかった。

勝てる。
幽助も蔵馬も、そのことを疑わなかった。

そのための、一瞬の、余裕が生まれた。

腐ってもA級妖怪、食うか食われるかの弱肉強食の世界を生き抜いてきた経験は、その余裕による隙を見逃さなかった。
もはや勝つのではなく最期の意地による攻撃は、まっすぐに蔵馬に向かった。

「死ねェエエエエエエ!!!!」
「ッ!?」
「蔵馬ッ!!」

妖怪の鋭い爪が、深々と肉を抉り鮮血をほとばしらせた。確かな手応えに、妖怪はにやりと笑んだ。

「────」

ぐらり、と傾く身体。
目の前の光景は、およそ信じられるものではなかった。

「──…ゆ、幽助!!!!」
「い……ってぇ…………な」

浅く呼吸を繰り返し、幽助は傷口を障らない程度に押さえた。幸い、妖怪の身体からしたら深い傷ではなかったが、白いシャツを染め上げていく赤はじくじくと流れ続けていた。

「…ッハ!獲物は代わったが変わらねぇ!!どーせあと一匹だしなぁ………!!?」

幽助に、すぐには動けない手傷を負わせたことで余裕と冷静さを取り戻した妖怪だったが、しかし次の瞬間膨れ上がった凄まじい妖気に身を竦めた。

「…小物が」

妖怪の強ばり動かない身体に、何本もの蔦が絡み付いていく。静かな声と共に、気配を絶って佇む蔵馬が笑む。

「貴様のような…低級のクズが、俺に……ましてや幽助に、本気で勝てると思ってるのか…?」
「ひっ…ヒィ!!!!?」

ザクッと鈍い音ののち、ぼとりと地面に妖怪の腕が落ちた。赤黒い血液が滝のように断面から流れ落ちていく様子を、蔵馬は醒めた目で睨み付ける。
助けてくれ、という命乞いなどとうに聞こえなくなっていた。

「貴様が犯したことは、俺にとって大罪なんだよ…」

蔵馬が妖怪の残った腕に手をかけた。じゅわじゅわといやな音と臭いがしたと思ったら、触れた部分から徐々に腕が腐り落ちていくではないか。

「幽助の存在はな、…テメェら小物1,000体の命、否…それ以上に重いんだ」
「…いや、そりゃ言いすぎだろ」

幽助は冷静なツッコミを入れた。
彼としては、既に戦意を喪失した輩など捨て置けばいいと思っていたのだが、それでは狐の気が晴れないらしい。
だが、両腕を潰され命乞いをする妖怪を見て、さすがにもう十分だろうと蔵馬の名を呼んだ。

「くらまー、俺もう死にそう。血ぃ足んねぇ」
「………」

幽助の声に振り返った蔵馬は、ちらと妖怪を一瞥して、パチンと指を鳴らした。

「ギャア!!」

絡み付いていた蔦は妖怪の足を潰し、ようやく解かれた。

「おーいコラコラ」
「…もう二度と現われるな」
「グ…ァア……」

妖怪は蹲り動かなくなったが、その生死など蔵馬の知ったことでなかった。

幽助に駆け寄り、傷の具合を診はじめる頃には、先ほどのような爆発的な妖気は微塵も感じられなくなっていた。

「お前ってさー、」
「何ですか?」
「恥ずかしい奴だよな」
「…そう、かな?割と全部本気だったんだけど……」

苦笑いする蔵馬を、ジト目で見やる幽助。
色々と言いたいことはあったが、とりあえずさくさくと進められていた治療の手を止めさせて、呆れを含んではにかんだ。

「大事に思ってくれてんの分かったから、自分を責めてくれるなよ。庇った挙げ句ウジウジ悩まれたんじゃ、俺の立場がねぇだろ?」

「…あらら、先手打たれちゃった」
「たりめーだ」
「中々に難しい申し出だけれど…、うん、なるべく悩まないようにするよ」

昔よりは聞き分けのよくなった蔵馬に幽助は満面の笑みを浮かべて、その頭をがしがしと撫でた。

「さ、応急処置終わり。歩けますか?」
「無理。おぶって、蔵馬」
「御意のままに」




満身創痍ながらおんぶで帰還した幽助を見て、しこたま笑ったコエンマは、2人からたっぷりの謝礼要求と報復を頂いたとか…。



(シリアス消えた)

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