短篇

□╋‥飛雪
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蛍こい



傷だらけの腕に障らないように触れて、雪菜は小さく嘆息した。ジト目で腕の主を見ると、バツの悪そうな顔をしてそっぽを向いた。
彼女としては、文句のひとつふたつは言ってやりたいところだったが、こういう時は敢えて何も言わずに治療するのが有効であることを、この短期間に知っていた。

「…何も聞かないのか」
「聞いてもいいんですか?聞いても答えてくれないくせに」
「………」

そう、彼女の兄─飛影─は、怪我の理由も何処にいたのかも何も答えることはしなかった。
初めこそもどかしく感じていた雪菜も、最近では仕方ないと思うようになっていた。慣れなくては、飛影と一緒に暮らしていられない。

「怪我はほどほどにしてください。…何処に行っても、そのまま帰ってこなくなっても構いませんから」
「雪菜…?」

雪菜は、倒れこむように飛影に寄りかかった。
そのときに初めて、飛影は雪菜の身体が震えていることに気付いた。
華奢な肩が縮こまって、余計にその存在を儚くみせた。

雪菜は強い、いや強くなった。
飛影はそう思っていた。だがやはり限界があったのだということを知った。

「雪菜、すまない」

飛影は珍しく謝罪を口にした。謝らなければいけないような気がしたのだ。

「…貴方が、怪我をして、帰ってくる度に……私は、自分の存在を…疑問に、思うんです」

「貴方にとって、闘うことは…生きること。…分かっています、ですが……時々、もうやめてと、叫びたく…なるんです」

「貴方の…生き方を、否定する、ような…自分が、…貴方の傍に…いて、いいのか…と……」

必死で、泣くのを我慢している雪菜。
「雪菜」と名前を呼べば、悲しみと自責に濡れた瞳とぶつかった。

飛影は、そっと雪菜の額に唇を当てた。
兄の予想外の行動に、雪菜は顔を真っ赤にして固まった。
こんなことを、してもらったことはなかった。あの照れ屋な兄が…

案の定、同じく顔を赤くした飛影は雪菜から目を逸らした。だがその手は雪菜の肩に置かれていた。

「お前が気に病むことではない。…お前の思いは当然のことだ」

「…俺にとって、闘いは生きること。だからやめることは出来ない、俺は強くなりたい」

「この先も、俺はお前を悲しませる。…だが俺にはお前が必要だ、何者にも代わりはできない」

雪菜の震えはとまっていた。
大きな目をさらに大きく見開いて、照れたように破顔した。

「はい…兄さん、私も兄さんが必要です」



(珍しく飛影が格好いい)
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