短篇

□╋‥くく竹
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近くて遠い



よく分からない三寸弱の距離。
それが、彼と私を区切る境界線。どうしても詰められない、強固なボーダーライン。

手を伸ばせば届く距離。
だけど、彼も私もそれをしない。なかなか繋がることのない、頑固な境界線。


雲ひとつない空。珍しく涼しい午後に、私は大きなあくびをした。ぽかぽか陽気とはいかないが、これもまたなかなかよい気候で、そういえばここに来る途中、日当たりのよい場所で1年生が昼寝をしていたなぁと思い出した。
煙硝蔵の片付けが済んだら、昼寝をしてもいいかもしれない、とひとりぼんやりと考えた。

「ふわ…ぁ、あ〜それにしてもいい天気だなぁ」
「ぷっ、年寄りみてぇ」
「…ひどいなぁハチ」

いつの間にか、手ごろな石に腰掛けたハチがいた。5年生になれば、ひとの背後をとるのも上手くなる。いまさら驚くこともない。
だけど何か用でもあるのだろうか。

「用はねぇ。たまたま通りかかったら、たまたま居たから居座った」
「見てるくらいなら手伝ってよ」
「バカ言え。勿体ない」
「無駄な労力ってこと?…ちぇ」
「がんばれ〜兵助」
「頑張るから、ハチの隠してるお茶菓子ちょうだいね」

菓子の譲渡を渋るハチと、無理やり指切りの約束を結ぶと、いそいそと作業に戻った。


「兵助〜、ちったぁ遠慮しろっつーの」
「やーだよ、ハチほんとに見てるだけだったもん。手ぇ怠いんだからね〜もう」
「その怠い手をせかせか動かして菓子食ってる奴ぁどこのどいつだよっ」
「ハチの親友でい組の実力派、久々知兵助くんで〜す」

私はからからと笑うと、また菓子に手をのばした。少しだけにしておくつもりだったが、ハチが隠していたのが豆腐味の菓子だったのがいけない。
思いがけず、私が菓子を食べ尽くさん勢いなのにも関わらず、ハチも強く止めてこないことも、私の手を止めない理由になっていた。

「なー兵助、うまい?」

笑顔で聞いてくるハチに、私も笑顔で返す。

「うまい!」

「…そっか!!」
(あ…)

嬉しそうに、笑った。
照れたように、笑った。
私の頭に、いつものハチとは違う笑顔のハチが根付いた。

なんとなく、この菓子はもともと私にくれるつもりだったのではないかと思った。
理由は分からないけど、それならばそれで私には良いことだ。かじっていた菓子を半分にして、ハチに差し出した。

「ハチ、あーんしてみ?」
「んな!?…ざけんなッできっかンなこと!!」
「ハァ?口開けるだけじゃん。何ムキになってんだよ」
「…なってねぇ」
「じゃあほれ、あーんは?」
「く…っ、」

渋々嫌々開けられた口に、菓子を放り込む。うんうんよく出来ました。てゆーか何でたかだかこんなことにあそこまで嫌がるんだよ。
発想が気持ち悪かったとか?…やば、そうだったら泣く。

…うーん、どうやら違うっぽい。
なんか嬉しそうだし。

「なんかさー、ハチ可愛いよ」
「目ぇ開けたまま寝言かよ」
「可愛くないよ」

むっとしてみせれば、にかっと笑う。
うん、まあいっか。
このくらいの距離は必要条件なのさ。



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