□好きな人
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「誠司」
 私が名前を呼ぶと、誠司は少し口角上げる。
「――ううん。何でもない」
 その表情に喉から出かけた言葉を飲み込む。
 私は笑顔を作って、いつも通りを心掛ける。
 どういう訳か、私は誠司の顔を見て動揺してしまった。
 ただ私は、誠司の好きな人って、誰? と聞こうとしただけなのに。
 私はそう聞いたあと、何でも相談に乗るよと言葉を続けるつもりだった。
 でも、自分が言おうとした言葉を今見直してみると、胸にもやっとしたものが残る。
 一体、これは何なんだろう。
 私と談笑する誠司の表情をじっと見つめてみる。
 いつも通り笑っていて、私はその笑顔を見て幸せな気分になっている。
 ――うん。いつも通りだ。
 いつもと違うのは誠司に好きな人が出来たってことだけだ。
 いや、少し違うかも。本当はずっと前から誠司の心の中にその人が居て、たまたま私が今日知ってしまっただけなのかもしれない。
 好きな人、か……。
 本当は嬉しく思わなきゃいけないことなのに、やっぱり心の中にもやっとしたものが出現している。
 今、誠司は隣にいるのが私より私の知らないその人の方が良いのかな?
 そんなことを一瞬思ったけれど、すぐにそんな言葉は掻き消す。
 誠司はそんなこと考えたりしないと思う。
 誰かと誰かを比べたりしないで、ちゃんと一人一人を見てて、向き合ってくれる。
 私は何てこと考えてるんだろう。
 心の中で、自分で自分の頭を小さく叩いた。
 私にとって、誠司は大切な人。それは絶対に変わるわけがない。
 だから、誠司がその人と上手く行くと良いなって思っている。
 私は何故か盗み見するように、また誠司の表情を見た。
 誠司の笑顔を眩しく感じている。
 ――本気で思っているんだけど、何なんだろう。この気持ち。

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