沖田双子夢 2

□どんな貴女でも
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あの日、あの時間に路地裏にいたのはたまたまだった。仕事帰りで次の日朝早くから用事があったから、妙はいつも使う道とは違う道を急いで帰っていた。
真夜中に路地裏を歩くことはこの時勢危険極まりないが、夜に帰るのは慣れていたし月明かりもあったので油断していた。

弟はもう寝ただろうかと考えつつ歩みは止まらない。あと少しで路地裏から出る、その時に誰かが走ってくる音が聞こえた。
嫌な気配に後ろを振り向くと、こちらに向かって男が1人走ってくる。腰には刀を差し時折背後を見ながら妙のいる方へ来る。

この時間に何かから逃げる男。嫌な予感しかせず、ぞわりと背筋が凍った。男も目先にいる妙に気づき一瞬強ばったがすぐにニヤリと笑う。
妙の頭の中で警報が鳴った。


「女、そこを動くなよっ!」

「ひっ!」


男を殴りゴリラを投げ飛ばすなど他の女に比べたら妙は強かったが、恐怖に支配された今その力どころか一歩も動けず、男が伸ばした手を見ているしかできない。

目の前には男が迫る今、恐怖で拳を握った妙の後ろから強い風が吹く。そして、


「お妙さん!」


緊迫した空気の中で、後ろからよく知る声が聞こえた。


「ぎゃああああああ!!!」

「!」


その声で振り返った時、視界から消えていた男から叫び声が上がった。びくりと体が震え、え?と妙が男を見ようとすると走ってきた近藤に目を覆われ路地裏から出される。


「大丈夫ですか!?どこか怪我は」

「い、いえ。大丈夫です」

「よかった…」


はあ、と近藤が息を吐いた。そして外灯の下で妙は今自分が置かれている状況を近藤から聞いた。

襲ってきた男は真選組が張っていた攘夷志士で、包囲の網を潜って逃げていた最中だった。路地裏に逃げ込んだのを真選組も追っていて、そこに運悪く妙が路地裏に入ってしまった。


「助けてくれたのは…」

「あ、その」

「…なまえ、ですよね」


近藤は少し黙ったあと、はいと呟いた。

目を覆わる寸前に見た親友の後ろ姿が、脳裏にこびりついて離れなかった。






少し離れた位置にまで届く血の臭い。その先を伝うように自分がさっきまでいた路地裏の入り口を見ると、なまえが土方と共に出てきたところだった。
妙の視線に気付いた土方がこちらを見る。よってなまえもこちらを見たのだが、


「…なまえ」


かちりと合った目に妙は肩を震わせた。
いつも向けられる無邪気な目はどこにもなく、ただ無表情に自分を見る蘇芳の目があった。
しかしそれも妙が震えたのを確認するや否やすぐに反らされ、妙を見ていた土方の眉が寄ったのが分かった。

怯えたからじゃない。そう言いたかったのに妙の喉は凍りついたように声を発せられなかった。
感情のない目に恐怖を感じたわけでも、迷いもなく人を殺したことに嫌悪を抱いたわけでもない。ただ親友と胸を張って言える大好きななまえが、あんな冷たい目をして仕事をしているのかと思うと、無性に悲しかった。


「お妙さん」


ハッとして近藤を見上げると、家まで送ります、と申し訳なさそうにパトカーの後部座席のドアを開けられた。
頭を下げて乗り込もうとすれど、冷えた蘇芳がどこか悲しそうに思い出される。
屈めた腰をあげ、妙はグッと力を込めた。


「なまえ!!」


大きな声で呼ばれたなまえは、数拍遅れて視線を合わせる。無表情の中に窺うような色を見つけ、今言わなくちゃ、と妙は真っ直ぐ見つめる。


「私土曜日休みなの!神楽ちゃんも呼んで、久しぶりに泊まりに来ない?」


そうしてにっこり笑う。
言われたなまえは予期しない言葉に驚いてぽかんとしたが、土方に肩を叩かれ目を細めた。


「…うん、泊まり行きたい」


約束よ。うん。
頷いたなまえを確認し、妙はようやくパトカーへと乗り込んだ。






安全運転をしながら、近藤は話し出す。

あの時なまえは妙が襲われそうになっているのを見て、パトカーが停車するかしないかの時点で飛び出していた。いつも愛を告げる近藤が気づくより早く、なまえは気づいた。
暗闇で視界が悪い中、親友が危ないと迷うことなく刀を抜いた。例えそれが人を殺す自分を見られることになろうとも、今後怯えられようとも構っていられなかった。

近藤が妙を呼んだのはもちろん心配からだが、なまえが斬りかかる瞬間を見せないよう気を引くためでもあったのだが、それは言葉には出さなかった。

なまえが自分を助けるために刀を抜いたことを、妙は十分に分かっていた。だから、


「それくらいで、なまえの親友の座は辞めてあげませんから」


ふふっと妙は笑った。
その様を見て運転していた近藤はぶわりとピンクオーラを纏う。


「さすが妙さん!今すぐ俺と結婚してください!」

「あらいやだ、寝言は寝て言えや」

「お妙さん好きだァァァ!!」

「深夜にうるせーんだよっこのゴリラがァァァ!!!」

「ぷげらっ」





 

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