すーさいどちゃん!

□夢見る大人、見ない子供
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昼下がりの午後。
雨音がするリビングでよし子は一人ドラマを見ていた。
昼ドラにありがちなドロドロ展開モノである。
よし子は入り込んで見てしまうタイプなこともあり、毎週ハラハラしながら見ていた。

夫持ちの主人公を取り巻く複雑な男関係、そしてあってはならない恋愛。
今日は一つの山場である回で、主人公の夫の友達が自分の想いを伝える話だ。
上半身を若干乗り出しながら、よし子は真剣に画面を見つめる。

『俺はずっと言いたかった!でもあいつがいるから――』

『やめて…それ以上は聞けないわ。』

『聞いてくれなくってもいい。でもせめて…一日だけ…』

主人公の肩に伸びる手。
完全に拒絶しきれず後ずさる主人公。
そしてお互いの顔が近づき――というところで突然ブレーカーが落ちた。
テレビも当然ブツンと切れる。

「えっ!?何よもう、停電…?」

「あ、すみません。ブレーカーが落ちました。」

安全メガネをかけたすーちゃんがキッチンから出てきた。

「電気ポットとオーブンと電子レンジを使いながらドライヤーとミキサーはまずかったですね。」

「一人で使い過ぎよ!何してたの!?」

「山で拾った溶岩の塊を溶かす実験と紅茶のパックを一から作る研究を同時並行してました。」

「ぶ、分野が違いすぎる…!」

玄関のドアの上のブレーカーを上げると、電気は復旧した。
しかし山場のシーンは終わっており、今は主人公の夫とその友達が言い争いをしている。

「もう、いいところだったのに」

よし子はがっかりしながらテレビを消した。
もうすぐドラマは終わりの時間だ。
すーちゃんは黒く沈黙した画面を見つめる。

「そんなに面白かったですか?」

「え?スリルがあっていいじゃない。」

「ドラマは見たことがありません。気分が悪くなります。」

「夢が無いわねぇ…自分とは違う世界を見られて面白いわよ?」

「夢が無い…?」

よし子の言葉にすーちゃんは若干右眉を上げた。
安全メガネを外し、すーちゃんがテレビの電源を入れるとちょうどドラマの次回予告をしていた。
今日の人物とは違う男に主人公が押し倒されている。
アングル的に見えないが、キスシーンが映った。

「これだから、気分が悪くなるというのです。」

すーちゃんは画面から目を逸らし、大きな雨粒が落ちていく窓の外を見た。

「よし子さんは知らないかもしれませんが、一秒間の接吻で数億にも上る細菌がお互いの口腔内を行き来するんですよ。それを考えると昼ドラの何秒にも渡るキスシーンなんて――」

すーちゃんは「うっ」と気持ち悪そうに口を押えるとキッチンに引き上げていった。

「…」

その日からよし子は昼ドラ鑑賞をやめた。

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