Halloween in Moon World

□【7th後日譚】悪魔なエクソシスト
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ウィルが屋敷に戻ってきて一週間が過ぎた。
ハロウィン用のカボチャの収穫も順調で、加工前のカボチャがハロデアの部屋の隅に積まれている。
ハロデアはカボチャには手を付けず、キョンシーの背に立ち慎重にその髪の毛を触っていた。

「これで…よし!」

ハロデアはキョンシーの髪を束ねていた両手をそっと離す。
肩の高さあたりから長い深紅の髪の毛が伸びていた。
以前キョンシーは人間時代に仕えていた屋敷の娘の為に髪を切り落としている。
しばらくそのままだったのを今回ハロデアが修復したのだ。

「あなたと同じ黒髪が手に入らなくて近い色を選んだのだけれど、どうかしら」

「まさか髪の長さまで元に戻してもらえるとは…それだけでありがたいです」

キョンシーは新しい髪の毛を触り驚き半分に答える。
切られた髪と新しい髪は綺麗につながり、肩から下を染めたようになっていた。

「気に入った?」

「もちろんでございます」

「よかった」

ハロデアはそう言って安心したような笑みを浮かべた。
そのままキョンシーの髪を編み始める。

「あの――」
「やらせて」

「…はい」

以前と似たやり取りが交わされる。
何度同じシチュエーションになろうとも、主に髪を編まれる感覚にキョンシーが慣れることはなかった。
最後まで編み終え毛先を留めるとハロデアは一歩下がって出来栄えを確認した。

「うん、長さも前と同じね。やっぱりあなたは三つ編みが似合うわ」

「ありがとうございます」

キョンシーが礼を言う。
その時、部屋にノックの音が響いた。

「失礼しまーす」

入ってきたのはケットだった。
手には書簡を持っている。
その後ろからビスが飛んできた。

「ケット、返事があるまで待たないと…」

「だって〜あの人急いでそうだったから…」

二人がもごもご話し始めたのでハロデアは用件を促した。

「いいわ。それでその書簡は誰からかしら」

「それが、天使の方でしたので天界からの使者様であることは分かったのですが、名乗らず帰られてしまって」

ビスの報告にハロデアは首をひねる。
急いでいる雰囲気だったのにもかかわらず、直接の説明を挟まず書簡を召し使いに預けてそそくさと帰る行為。
一見すれば失礼な行為だ。
ハロデアにはその相手にある程度の目星がついた。

「その天使って大きな丸い眼鏡に薄ピンクの長い髪の毛だったかしら?二つ結びの」

「そうですその方です!」

ビスは大きくうなずいて答える。
ハロデアは軽くため息をついた。

「イーリスで間違いなさそうね。この前私と一緒に天界に帰った事を怒られでもしたのかしら?」

書簡を、とハロデアはケットに言った。
受け取った書簡に足跡のようなマークが書かれているのを見てハロデアは驚きの声を上げる。

「ダイノからだわ」

「ダイノ…様といえば、天界でお名前が出た方ですよね?」

「ええ、私の弟よ」

キョンシーの問いにハロデアは書簡を読みながら答えた。

「私よりも強い魔力を持っていて、怖いもの知らずなところが恐竜みたいだからダイノって愛称で呼ばれてるの」

(この人よりも強い、恐竜を連想させるほどの魔力を持った存在…)

キョンシーは想像してぞっとした。
これまでのハロデアですら大勢の敵を一撃で薙いだり、激しく損壊した屋敷を一瞬で元通りにしたりと常識を逸した力を見せている。
そのハロデアをも凌ぐ魔力の持ち主がこの世に存在していることがキョンシーには信じがたかった。

キョンシーは天界に行った際に自分に向けられた視線の事を覚えている。
どこか迫害的というか、差別までは行かないものの敬遠されているところが少なからずあった。

「堕天」というシステム、天界が「上」にあり魔界がその「下」にある地理関係。
これらを加味すれば天界の住民は常に魔界の住民を下に見ていることになる。
あの視線は見知らぬ存在を警戒していたというより、魔界に生きる低俗な存在を疎んでいたという意味合いが強かったのかもしれない。

そしてその魔界を下に見る傾向のある天界にハロデアより強いダイノという人物の存在がある。
もし彼が他の天界の住民と同じく魔界に否定的だったら。
オルデラのように実害を及ぼす行為に出てきたら――

(勘ぐりすぎかもしれない)

キョンシーは仮定にまみれた思考を打ち切った。
直近で悪いことが起きたばかりで知らぬ間に心の余裕を失っていたようだ。

書簡を読んでいたハロデアが表情を緩めた。
その内容が悪いものでは無かったことにキョンシーは少しだけ気持ちが軽くなる。

「ウィルのところに行ってくるわね」

「かしこまりました」

キョンシーは部屋に残りハロデアを見送る。
仮に今回のオルデラのように天界が魔界に侵攻してきたら。
それがどういう意味合いであろうともキョンシーがやることに変わりはなかった。

「私は全力でハロデア様をお守りいたします」

その死体の目には強い意志が宿っていた。
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