Halloween in Moon World
□【7th】神殺しの焔
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現世が9月の半ばを迎えようとしている頃のこと。
そろそろハロウィンの気配がし始める中、ヴァンパイアは膝をついてかがみこみ、一人の少女に声をかけていた。
「大丈夫大丈夫、お兄さんは怖くないよー」
「…ひっ」
両腕を胸の前に構え縮こまる少女は、ヴァンパイアの方を見上げると怯えた表情を浮かべた。
そして間もなく踵を返して逃げ出してしまう。
ニコニコ顔を浮かべていたヴァンパイアは仕方なく手帳を取り出してペンを握った。
「この地域のバンシーちゃんは恥ずかしがり屋さん、と――」
メモを取ろうとした手が止まる。
そして少女が逃げ出した理由を悟った。
自分を怖がって逃げ出したわけではない、と。
薄い影がヴァンパイアの手元をゆらりと覆う。
「…久しぶりだな」
ヴァンパイアがそう声をかける。
返事は全く返って来なかった。
後頭部に軽い衝撃。何か硬いものが押し付けられているのが分かる。
ヴァンパイアは手帳をしまうと膝をついた状態のままため息をつく。
「お前がいなくなったのが去年のハロウィンの直前だったのは、かなり痛手だったぞ。今年もその苦労をさせる気か?――ウィルオウィスプ」
「…黙れ」
刺々しい冷たい声。
ヴァンパイアが目視を介さずとも人物を特定できた相手、ウィルオウィスプだった。
ウィルが後頭部に硬いもの――銃口を押し当てる力を少し強めた。
ヴァンパイアの頭が少し前に傾き、切りそろえられた髪が揺れる。
「…僕を撃つ気か?」
にわかに背後の魔力が波打つのをヴァンパイアは感じ取る。
ウィルが興奮状態になっているようだ。
ウィルソンという人間として生きている時から殺人鬼と呼ばれ恐れられた存在のウィルオウィスプ。
人生をやり直すチャンスを得ても性根が変わることはなかった。
何とかこの状況から抜け出すきっかけを得ようとヴァンパイアは時間を稼ごうとした。
しかしそれがすべての崩壊を呼ぶ。
「随分荒れているようだが、お前がどれだけ狂気に呑まれようとハロデア様には――」
「ハロデア」という単語が発せられた直後。
大きな破裂音が周囲に響き渡り、空気が震えた。
留め具を撃ち抜かれた眼帯は顔から外れ、血に染まり行く大地に落下する。
そしてヴァンパイア本人も体勢を崩し地面に倒れ込む。
赤黒い血液が頭部から大量に流れ出てくる様子をウィルは恍惚の表情で見下ろしていた。
銃身についた返り血はするりと滑り地面におちる。
純白の装丁は血の付着を拒絶するようにその輝きを増していく。
ヴァンパイアをその場に残し、ウィルはゆらりと歩き出す。
それはハロデアの屋敷のある方向だった。