Halloween in Moon World

□【6th】マリオネットと共に
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静かな風の中、薄暗く広大な荒れ地で男女が対峙していた。
男は三対の漆黒の翼を有している。
女は兎を思わせるデザインのフードを被っている。

男――堕天使ルシファーが腰から剣を抜いた。
それを見た女――カロデア・ウィンゴットは刀を抜き、鞘を放り投げた。

「今日こそはアンタを倒す…!」

上段に構え、カロデアは精神を研ぎ澄ませていく。
お互いの距離はまだ遠い。
ルシファーは気合十分なカロデアの言葉を半分聞き流し、余裕の表情。
長い剣先を地面に向けゆったりと構える。

「…やってみろ」

構えとは裏腹にその声色は冷たく鋭い。
カロデアは弾けるように走りだし、一気に間合いを詰めにかかる。
踏みしめた地面を蹴った後に土ぼこりが舞いあがった。
それもすぐに風が散らしていく。
カロデアの刀が攻撃範囲に入るその瞬間、ルシファーは剣先を上に持ち上げる。
金属同士の打ち当たる音が響く。

力の差があるのを理解しているカロデアは、押し負ける前に体制を後ろに立て直す。
しかしそれを見逃すルシファーではない。
素早いステップで前に切り込む。
カロデアは攻撃を受け流すように応戦しながら、降りかかる力すべてを受けないように移動を重ねる。
さらに一歩後ろに下がった時、カロデアは死角にあった小石を踏みつけた。
思わぬ障害に集中力が剣から離れる。

その隙を突き、ルシファーはカロデアの眼前に大きく切り込んだ。
すぐに対応できなかったカロデアはやむなく刀を横にして何とか受ける。
剣の重さと男の力を細身の体で受けるには無理がある。
柄と剣先にそれぞれ手の力が分散することも相まって、同じ体制は十秒ともたない。
刀の角度を変え、相手の力の重心をずらしながらカロデアはルシファーの横へ出る。

腹部めがけ右に斬り出すカロデア。
ルシファーはそれを予測しカロデアの左手方向に避ける。
刀の勢いですぐに左方向に切り返せないカロデアは小柄なことを利用しそのまま回転する。
ルシファーを目で捉えた時、彼の剣先は既にカロデアの目の前にあった。
一瞬怯んだカロデアの刀の根元にルシファーは自分の剣先を当て、切り上げる。
けたたましい音と共に、カロデアの両手から刀が吹っ飛んだ――。


「いったーい!」

子供じみた発言が、一瞬で闘いの雰囲気を壊した。
ジンジンとした痛みがカロデアの両掌を這う。
刀は数メートル後方で力尽きたように転がっていた。
勝敗が決するとルシファーは剣を収める。
そして一言カロデアに言い放った。

「詰めが甘い。」

「というより武器が悪いのよ!重たすぎる!」

即座に文句を切り替えしながら、カロデアは最初に投げ捨てた鞘を拾いに行く。
刀は細く見えるが、女性では両手で持っていたとしても軽々振り回すわけにはいかない重さだ。
筋力が男性より劣る上に、経験が浅く小柄なカロデアでは扱うのも大変なことである。
わざと軽い方を回収しに行くカロデアにルシファーは呆れた。

「重さも攻撃の要素だ。自分の弱さを武器のせいにするな」

ルシファーは刀本体の方を拾い上げ、軽く振る。
元々この刀は誕生会ハロウィンのサムライ仮装で使った時のものだ。
柄にはまだカロデアの体温が残っていた。

「この鞘ですらあたしには重い…」

うんざりするカロデア。
人間の歴史で女性の活躍が少ない理由を、この実戦訓練を通して痛感していた。
早く帰りたい一心でルシファーの元に歩み寄る。

「次までにもう少し基礎を固めておくんだな」

カロデアから鞘を受け取ろうとルシファーが手を伸ばす。
その時、ルシファーは後方から魔力の出現を感じた。
伸ばしかけた手でそのままカロデアを遠ざけながら、ルシファーは半回転し刀を水平に振り切った。
オレンジ色の何かの上部が、形を持つか持たないかという瞬間に切り離されて重力落下する。
地面に落ちたのが見知った相手の首であることに気がついたカロデアは絶叫した。

「ぎゃーー!ウィルオウィスプがー!」

「「うるさい」」

迷惑そうな声色が二つ重なる。
地面に落ちたウィルの首がしゃべっていた。
首と体、どちらも不安定な炎の揺らぎを残しているが、実害には及んでいないらしい。
元々実体のない炎の化身で、物理的な切断は無意味のようだ。

「やれやれ。出会い頭に首を飛ばされるとは、堕ちた天使は野蛮らしい。」

「気配察知に優れすぎていて悪かったな」

特に悪いと思ってもいないルシファーはカロデアから鞘を取り上げると刀を収めた。
そのまま剣と同じ場所に差す。

「ミスハロデアからの伝言がある」

ウィルはそう言いながら胴体の方で首を拾い上げ、元の位置に頭をおいた。
炎が揺らぐ切断部をひと撫でするとあっという間にくっつく。
冗談めいた文句だったことも踏まえると、特に気にしていない様子だった。

「今年のハロウィンの事で、君らに頼みたいことがあるらしい。詳しくは本人から聞いてくれ」

ウィルは二人の返事を待たずに、今日も伝言係にされた不満を漏らしながら消えていった。
カロデアとルシファーはお互い顔を見合わせる。
実戦訓練はそのまま流れで終了となり、二人はハロデアの屋敷に向かうことにした。



「ていうかさ」

屋敷の方角に歩き始めたカロデアは少し前を歩くルシファーの背に生えた立派な翼に目をやる。
行きも歩きだったのだが、その時はまだ元気も残っていたし、ルシファーの戦闘論にイライラしていたため歩くことに疑問はなかった。
しかし疲れている今、カロデアには一つの要望が浮かんでいる。

「その翼で運んでくれるサービスはないわけ?」

「何を言うかと思えば…。お前に合わせて歩いてやってるだけ光栄だと思うべきところだろう」

ずうずうしいにも程がある、とルシファーはカロデアを睨む。
疲れていることを認識したせいでさらに疲れを感じるカロデア。
自力では空を飛べないこともあり、ついには駄々をこねはじめた。
ルシファーの服を掴んで歩くのを妨害する。

「一回くらいいいじゃん!ねーねー!」

「…何から何までうるさい…」

無駄な動きをするカロデアから顔をそむけても、聴覚面では回避のしようが無い。
まとわりつく兎娘の相手役を任される大変さをルシファーは早くも後悔していた。
元々教育係だけだったはずだが、今までキョンシーが担っていた世話役を実質的に半分押し付けられているのだ。

「今回限りだ」

「やったー!」

条件付きの許可にも手放しで喜ぶカロデア。
しかし片手で体を抱えようとしてくるルシファーの体制を見てサッと避けた。
無意味な抵抗にルシファーのイライラが蓄積されていく。

「飛びたいのか飛びたくないのかハッキリしろ」

「お姫様抱っこがいい!」

「は?」

「両腕で膝と脇支えるやつ!」

「……」

そのわがままさは間違いなく「お姫様」だろうと思うルシファー。
要望ばかりで反論するのもめんどくさくなってくる。
本当に、こんなに相手の実力を敬わない奴は天界にはいない。

「もういい」

これ以上時間を無駄にしたくないルシファーはさっさとカロデアを要望通り抱き上げた。
そのまま翼を使って飛翔する。

「うわ…!」

直後、カロデアがルシファーの服にしがみついた。
地面からの距離が離れるにつれどんどん顔が青ざめ体が硬直していく。

「ね、ねぇ、やっぱり歩かない…?」

震える声でカロデアはお願いする。
さっきとは打って変わってかなりの低姿勢だった。
ルシファーはその怯え顔を見てニヤリと笑う。

「断る」

「い〜や〜〜!降ろしてーーー!!」

乙女の悲痛な叫びが魔界の暗い空にこだました。
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