Halloween in Moon World

□【5th】思い出の幼女
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魔界に秋が訪れ、空を覆う紫雲は強い風でいつにも増してうねりを伴っている。
地上付近でも少し強めの風が吹き付ける中、一人のサキュバスがとある屋敷の窓辺で井戸端会議を開いていた。
話し相手は屋敷の住民である少女、カロデア・ウィンゴット。
二人は同じ魔界に住む者として最近よくつるんでいる。

「でさ、せっかく両目とも人間と同じ白目になるよう頑張ったのにまた失敗!」

サキュバス、もとい悪魔はその瞳の強膜―人間でいう白目の部分―が黒いことが一般的だ。
翼や尾を持たない悪魔は多いが強膜が黒くない悪魔は滅多にいない。
このサキュバスは自力でその状況を変えて見せたが望むような結果は手に入れられなかったようだ。
窓枠に両肘をついてその手に顔を預けているサキュバス。
セミロングの髪と妖しげな瞳は両方ピンク色を湛えている。

「えー、なんでだろうね?スタイルとかすっごくいいのに…」

カロデアの言うようにスタイルはとてもよく、無駄な脂肪は一切ないスリムなシルエットだ。
ただ女性らしさが強調される胸元だけは少々淋しく、サキュバス本人も少なからず谷間のない「スリム」な胸元を気にしている。
服らしい服を纏っておらず、代わりに黒い影のような模様が全身に這っているだけなのでスタイルのよさを確認するのは容易だ。
ほとんど裸に思えてしまうがサキュバスにとってはその格好が普通らしい。

「結構頑張ってると思うんだけど…カロデアちゃんは男、いないの?」

「あたし!?そんなの全然いないしまず機会がないってゆーかぁ…」

話の流れが自分に向いた途端カロデアは大げさに否定してみせる。
誕生日パーティーとなったハロウィンの日のことが脳裏をちらついたが、あれは違う。
その場の雰囲気に流されただけだ。
カロデアのオーバーリアクションにサキュバスが若干違和感を覚えたその時、吹きぬける強風に逆らう飛翔音が聞こえてきた。

飛翔音は確実に屋敷に近づいており、ただ付近を通過する者の距離感でないことは明白だ。
乱れた風はその場で荒れ狂いカロデアの部屋の中にまで入りこんでくる。
巻き上がる風に思わず目をつぶる二人。
風が安定したのを感じて恐る恐る目を開けると、大きな漆黒の翼がその影でサキュバスをすっぽり覆い隠していた。

「どけ。そこのサキュバス。貴様に用はない。」

自意識過剰なその態度と声色に、カロデアはすぐに事態を把握した。
身を乗り出して窓の外を確認するよりも早く声の主が窓枠に降り立つ。
有無を言わさない行動にサキュバスは強制的に窓枠の前を明け渡させられた。

「ルシファー!」

驚きの声を上げるカロデア。
しかしルシファーはそんなカロデアを一瞥しただけで特に返事をよこさなかった。
あのハロウィンの夜の時と違い、髪がバッサリ切られている。
それでも声・態度・髪色や顔立ちのどれをとってもルシファーで間違いない。
ルシファーは翼を器用に折りたたみ、当たり前のように部屋の中に侵入する。
風で乱れた髪と衣服を悠々と直すルシファーの姿を見て黙っていないのはサキュバスの方だ。

「カロデアちゃんの嘘つき!!」

天使の翼とはまた違う、悪魔の翼独特の飛翔音が叫び声と共に遠ざかっていく。

「えっ!ちょっと待ってこれは何かの間違い――」

ルシファーに気を取られていたカロデアは窓に駆け寄り外を見まわしたが、既にサキュバスの姿はなかった。
とんだ誤解を招いてしまったらしい。
それもこれも――

「なんでアンタがあたしの部屋に来るのよ!…っていうか人のお菓子勝手に食べないで!」

「?少々つまんで何が悪い。昨夜からロクに休んでいなくてな。」

カロデアのベッドに腰を下ろしているルシファーは机の上のチョコの山をまさに崩しているところだった。
指先がウロウロとチョコの山の上を彷徨っている。
この前のハロウィンでカロデアがあげた飴の感想から考えればその行動に大体の察しはついた。

「…右の方に見えてるやつ。緑の銀紙のならそんなに甘くない。」

カロデアがため息をつきながらそう教えるとルシファーはすぐにそれを手に取った。
やはり甘いものは基本的に好きではないらしい。

カロデアが素直にちょうどいい甘さのチョコレートを教えたのには訳がある。
ルシファーの言葉通り、いつも威勢のいい彼が横柄な言葉使いの割には疲弊しているように見えたからだ。
教えたチョコレートの甘さは許容出来たようで、同じものを探してチョコの山を探っている。
カロデアは甘くないチョコレートをそこまで好んでいないのでその点ではちょうどよかった。

銀紙の山が出来上がる頃になるとようやくルシファーは食べる手を止めて自分の指先を舐めた。
顔色もだいぶ良くなり、体に活動のためのエネルギーが補充されたようだ。
ふてくされた様子で椅子に座っていたカロデアはようやくルシファーに言いたかったことが言える。

「…用が済んだなら出てって。」

「断る。」

「はぁ!?」

ルシファーの即答にカロデアも即座にキレる。
カロデアの大声に顔をしかめるルシファー。
人差し指をカロデアの方に向け、静かに主張する。

「大声を出すな。大して上品でもない顔がもっと悪くなる」

「アンタってやつはホントに…人の善意を…」

怒りで言葉が上手く紡げないカロデアはつかつかとルシファーに歩み寄り胸倉を掴み、片膝をベッドに乗り上げた。
胸倉を掴んだといっても華奢なカロデアの腕力程度で男のルシファーの体が持ち上がるはずもなく、上半身を引き寄せる程度にしかならない。
胸倉をつかまれている事態に不服が募るルシファーと、発言に全く非を感じていないルシファーの態度に怒りが収まらないカロデア。

二人がにらみ合って火花を散らしている時、カロデアの背後にある部屋のドアがノックされる音が響いた。
カロデアの意識がドアの方に向き、その拍子に服を掴んでいた手から力が抜ける。
ルシファーはすかさずその手を掴んで服から引き離した。
部屋の主が返事をしていないのにもかかわらずドアは開き、小さな影が部屋に転がり込んでくる。
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