Halloween in Moon World
□【2nd】トリックパーティ!
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『あらあら、そこにいるうさぎさんは迷子かしら?こんな裏路地に一人でいたらかぼちゃお化けに連れ去られちゃうわよ?』
一人の女性の声がして、幼い子供は暗闇に覆われたままの視界を上げた。
両目を覆った包帯越しに、その女性が少し息を呑んだのを子供は敏感に感じ取った。
『…………』
子供は特に何のアクションも見せず、ただ女性の声がした方を見上げて固まった。
スッと頬に生き物の発する熱を感じた。
女性の手が自分の頬を包んでいる。
包帯を外されるのではないかと思った子供はいやいやと首を横に振り、触れられる事を拒絶した。
この世界は恐ろしい。
見る者すべてがいつか苦しみに変わる。
だったらそんな世界は見なくていい。
見なければ目の前はずっと黒一色で、苦しくなんてならない。
最初は何も見えない黒は怖かった。
でも今じゃ世界の景色から自分を守ってくれる、そんなお気に入りの色だ。
この世界で唯一好きなものは、これだけだった。
『あなた、名前は?』
『…ないよ』
『まあ』
女性の問いに子供が答えると、小さく驚いた返事が返ってきた。
そしてまたぬくもりを感じた。
でも今度は包帯を外そうとする手の暖かさではなく、抱きしめられている温かさだった。
『あなたのおうちはどこ?』
『ないよ…』
ああそうだ。
自分は捨てられたんだ。
恐ろしい世界を見る勇気のないものは生きる資格がないって、そう言われて捨てられたんだ。
あとは姿も知らないかぼちゃのお化けに食べられて死ぬだけなんだ。
じわっと胸の奥が熱くなって、包帯が濡れた。
この人が、この人が抱きしめたりするから。
優しくされるって、こんなにも苦しくって温かくって…うれしいことなんだ。
『そう…じゃあ、私のおうちに行きましょう。今日からそこがあなたのおうちよ。』
女性の熱がそっと離れて、巻き起こった冷たい風が今まで接触していた体をスッと冷やした。
『私の名前はハロデア。さあ、立てる?』
ハロデアが左手を掴む。
子供は、立ち上がることを拒否した。
代わりに、両手をハロデアに向って広げる。
『もう…甘えん坊さんね。』
ハロデアは小さなその子供を抱き上げると、ゆっくりと歩き出した。
子供はぬくもりというものを好きになった。
いま、その子供はぬくもりを与える年になっている。