Halloween in Moon World

□【1st】もてなしがないなら幻覚を
1ページ/6ページ




今年も、この季節がやってきた。
人々はかぼちゃをくり抜き、滑稽な顔のランタンを作る。
また、子供たちは去年の仮装道具を引っ張り出したり新しい衣装を作ったりしている。

そう、10月の一大イベント、ハロウィンである。

人間界のほほえましい様子を映像越しに見ながら、ハロデアはフッと笑った。

「ようやく町にも雰囲気が出てきたわね。」

ハロデア・ウィンゴット。
魔界に住んでいるものの、出身は天界。
天界では姫として生きてきた。
その風貌は黒猫のような長い尻尾を生やした人間といったところか。
中世の貴族のような服をまとっているかと思いきや、ストライプのニーソをはいていたりスパッツを穿いていたりと時代としてはチグハグなスタイルである。


ハロデアはこのハロウィンを取り仕切るリーダー。
いよいよ仕事の日が迫ってきているのだった。

ハロウィン。
ハロウィーンともいうが、この時期は人間の住む世界と死者の住む世界がつながると言われている。

人々は悪霊が家に入らないようにかぼちゃのランタン――ジャック・オ・ランタンを作り、魔よけとして家の前に飾る。
そして子供たちは思い思いのお化けの仮装をして、ハロウィンの夜に近所の家を巡るのだ。

「トリック・オア・トリート!」

そう、元気よく言いながら。
このお菓子をもらってまわるイベントの起源は、やってくる死者のために作ったケーキをハロウィンの日に振る舞うという昔のしきたりからとされている。


「楽しそうですね、ハロデア様。」

きぃ、とドアが開かれ、長い髪の女性が入ってきた。

「…キョンシー、部屋に入るときはノックをしなさいと何度言ったら分かるわけ?」

ハロデアが指摘しても、キョンシーはあまり気にしていないようだ。

「あら、失礼。何しろ私、死体なもので。キョンシーになってからの記憶力が悪いんですよ。」

「全く、いくら死体だからって、あんた私に札貼られてからどれだけ経ってると思ってるの?」

「まぁ、ざっと関節が曲がるくらいですかね。」

悪びれもせず、キョンシーは自分の腕を曲げ伸ばしして見せた。


キョンシーは中国の妖怪。
死後に十分な供養をしてもらえずに未練の残ってしまった死体が動き出して妖怪化したものを、総称してキョンシーと呼ぶ。
キョンシーが求めるのは人間の生き血で、噛み付いた相手もキョンシーにしてしまうという特徴は、東洋版ヴァンパイアとも言える。

死体であるキョンシーは、通常は死後硬直のために関節が動かせない。
そのため両腕を前につきだし、足首の力だけでジャンプするように移動する。
しかし長い時間が経つと死後硬直が解け、普通に走ったり関節を曲げたりすることができるようになる。
ただし腐り続けているために視力はほぼなく、腐臭も漂うようになる。

力がとても強く、普通の人では全く太刀打ちできないため、キョンシーを倒せるのは道士しかいない。
道士がキョンシーを倒すために使う武器の中の一つに、念の込められた札がある。
これはキョンシーを直接倒すのではなく、操ることができるというもの。


ハロデアは道士ではないが、自分で作った札を目の前のキョンシーに貼り付けてやったことで、長い間側近として扱っている。
もちろんそれなりの防腐措置はしている。

おそらく生前より死後のキョンシーとしての生活の方が長いだろう。
にもかかわらず、入室前のノックを覚えられないのは、やはり脳も腐っているからなのか。
しかし入室前のノックくらい、生前にも教わるだろうと思うのだが…お国柄という事なのか。

少しは覚えようとする姿勢を見せなさいよ、とハロデアが文句を言おうとしたところで、何やら廊下が騒がしくなってきた。


「奴」が来たらしい…。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ