novel
□結晶伝説 転4
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その晩も、アトラスはあの不思議な夢を見ていた。
ただし今日は、どこか悲しい、儚げな夢。
女の人が、泣きながら叫んで。
男の人が、最期に笑って。
自分は絶望して、どこか高いところから飛び降りた。
…そんな悲しい、夢だった…………………
AM7:25
アトラスは目覚めた時、自らの頬が濡れていることに気づいた。
肌を触ってみると、
目尻から頬にかけて、何かが滴り落ちた後があった。
寝ながら、泣いていたらしい。
子供が、怖い夢を見て泣きながら親にすがりつくと言うのはよく聞く話だが、
訳のわからない悲しい夢で、静かに泣くだなんて。
しかも泣いたのに、内容もろくに思い出せない。
女性が叫んで、男性が笑って、自分が飛び降り自殺を図る夢…………
頭がこんがらがってきた。
(もう、考えるのはよそう)
アトラスはそれで夢と決別すると、顔を洗い、髪を整え、いつものジャケットを羽織った。
今日もまた、誰かの呪いが解ける。
嬉しいことのはずなのに、
何故かアトラスの心は曇り、もやがかかっていた。
何か腑に落ちない。
このまま、呪いが解けていいのか……という疑問が、心のどこかにあった。
アトラスは自分の顔をパンパンと叩いて目を覚ますと、剣を背負い、部屋を退室した。
「よう」
玄関に歩みを進める途中、
既に呪いが解けたエッドと出会った。
「怪我の具合はどうよ?」
「もう大丈夫。…エッドは?」
「オレ様はもうピンピンしてるぜ。あんだけ休暇をとったんだ。動かさないと、体が鈍っちまう」
「…うん。そうだね」
アトラスは、どこか影に落とした表情で、答えた。
「ねぇ、エッド」
アトラスが話しかける。
「ん、どした?」
「呪いって………解けていいものなのかな」
「……はっ?」
明らかにエッドの動きがぴたりと止まった。
「あぁいや、何でもない!!
何でもないから!!
呪いは解けなきゃいけないものだよね、うんそうだよね」
慌てて、問いかけたのに勝手に自己完結するアトラス。
そのまま作り笑いを続け、
何とか場を乗り切ろうとする。
エッドはニカッ、と笑うと、アトラスの肩をぽんぽんと叩いた。
「うんそうだ、それでいいんだよ、な?行こうぜ」
と言うと、アトラスの前を歩くエッド。
しかしその顔は、明らかに動揺を隠しきれていなかった。
(マジかよ………。
なんで呪いに罹っているアトラスが、あの事に気づいてるんだよ……………)
エッドの頭も、複雑で解けないパズルのように絡まった。
呪いが解けるということ…それが即ち、悪なる魔女にとって好都合だということ。
それに気づいているのは、
呪いが解け、忌々しい記憶を所持した人間だけじゃないのか………
心臓の鼓動が高鳴り、
血液が脈打つ音が音速で耳に届く。
「エッド?」
アトラスが、彼の問いかけに悩む彼の背後から話しかけてきた。
「ん?今度はなんだよ」
エッドは出来るだけ"普通"を装って振り返った。
心の中は明らかに動揺している。
それを悟られてはいけない。
「その…変なこと訊いちゃって、ごめん」
と言い、アトラスは頭を下げた。
そのアトラスのアーモンド色をした頭を、がしっ、と鷲掴みにするエッド。
「んな顔すんなって。気にしすぎなんだよ。ほら、行こうぜ」
そのまま彼の髪を、わしゃわしゃと掻き乱した。
(オレこそ…気にしすぎてたな……。とにかく今は、みんなを呪いから解放させるんだ)
それが……例え…………
悪なる魔女が作り出した自動人形の封印を弱めることに、繋がるのだとしても。