novel
□結晶伝説 転2
2ページ/8ページ
時刻は10:48。
ザンガナ大陸北部、フーシナル。
飛行船から降りたアトラスたちは、運転手に呼び止められた。
「では我々はここで。
くれぐれも気をつけて下さいね!!」
「うん、わかってるよ。
ねぇみんな?」
だが、それで快く返事をするのは、スカイナとアトラスの2人くらい。
他は全員、ぶすっとした表情をしていた。
それもそうだ、いつ自分がエッドが味わった苦痛を受けることになるかわからないのだから。
ルダールとピノのチキンコンビはずっと青ざめた顔をしたまま、レイラは明後日の方向を睨み続けている。
アンディも、何かただならない予感がしたのか、腕も足も交差させて、何か考える表情でいた。
やがて、飛行船が飛び始めた。
立つ鳥後を濁さず、とはよく言ったものだ、エンジンをフル稼働させた飛行船は、砂埃の嵐を残してから去った。
飛行船が空へ飛び立ち、
ゆっくりと緩慢に遠ざかっていく。
セイムはそれを笑顔で見送ると、一転、引き締めた顔で、こちらを向いた。
「じゃあ、行こう」
「あの…ちょっといいですか?」
アトラスがおずおずと挙手をする。
「なんだい?」
「セイムさんには、あの、魔物除けとか、そういう魔法は…使えないんですか?」
その言葉に、丸い目をぱちぱちと瞬きをさせるセイム。
10秒くらいして、
ようやく思い出したように、納得した。
あの、ミラージュの森での出来事を。
「あれは……」
「兄さん、単独の長期任務の時は、必ず上層部に行って魔物除けしてから行くのよ」
だが、答えたのは妹のアンディだった。
「セイム兄さんのひとつ上の兄、エディシアが、そういう力を持ってんの。
ただ、私も兄さんもアイツを毛嫌いしてるから、単純に行かないだけ。
まして今回は、呪いを解くのに重要な仕事だしね。
上には、このことを悟られない方がいいわけだし」
アンディはそう言うと、
遠くの空をぼんやりと見上げた。
「だから、魔物との戦闘は今回は避けられない訳。
まぁ、僕も、体なまらせちゃいけないしね。
じゃあ、行こう」
と、言うと、すたすたと先陣きって歩き出すセイム。
アトラスには、魔物除けがどうとかより、ある言葉が気になっていた。
『私も兄さんも上層部を毛嫌いしてるから…』
アトラスにはよく、わからなかった。
自分はここへ来てまだ2ヶ月も経ってない新人だが、皆、"上の人間は嫌い"と口にしていた。
そういえばスカイナも、出会った時、泣きながらそんな事を言っていた。
確かに、彼の話では、戦える人間、魔法が使える人間は、ほとんど下僕となんら変わりない扱いを受けている、らしい。
権力にかこつけて、人を人とも思わない連中の集いだと。
だが自分は、それを実際に見たことがないどころか、上層部の人間と接触したこともない。
だから、わからなかった。
何故皆が、上の人間を嫌いまくっているのか……
「邪魔」
思考を、絡まり合ってなかなか解けない糸のように張り巡らせていたところに、レイラが横槍を入れてそれを突き破った。
「あ、ごめん………」
その時、アトラスはふっとあることを思った。
………レイラは?
彼女は初めて入った自分、ピノ、エッド、ルダールや、かつてはいたがエーテルリバースで記憶に弊害を起こしているエリーゼとは違い、長いこといたから上の事もわかっているはずだ。
アトラスは、思い切って訊いてみることにした。
「ねぇ、レイラは、上層部についてどう思ってるの?」
「なんで私に訊く訳」
「レイラの意見を、聞きたい…から……」
いきなり毒を大量に盛った刃で返され、口ごもるアトラス。
レイラは、キツい目でアトラスを睨みつけると、ふっ、と息を吐いた。
「信頼してる訳ないじゃない。アンディとセイムの兄であるエディシアには会ったことあるけど、ハッキリ言って苦手なタイプ。
ただ、強いわよ。何年か前に刃を交えたことがあるけど、完敗だった………」
それはレイラの体が子供だからじゃないのか、と言おうとしたが、恐らくそれは禁句だろうから、口を噤んだ。
「私も嫌い。でも、私は………」
「私は?」
「………なんでもないわ」
レイラは早口にそう言うと、前をすたすたと歩いていってしまった。
乾いた土が剥き出しになった地を、蹴って走る音が聞こえる。
意味深な言葉。
だが、空白部分はとても重要だ。
アトラスはようやく、歩み始めた。
…スプラスタ廃坑へ。